古代世界における「色」の意味について:神殿や寺院に色がついていた理由の考察

古代エジプトの神殿には派手な色がついていたことがよく知られている。
カルナック神殿やルクソール神殿も、現在ではほとんど色落ちして石の色しか見えなくなっているが、作られた当時には隙間なく色が塗られ、ド派手な姿をしていた。

これが何故だったのか。また逆に、派手な色をつけなかった日本の寺社仏閣などはどうして色をつけなかったのか。という話をしたい。

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自分の考えを最初に言っておくと、「神殿や寺社仏閣に色を必要とするのは、自然界の色が少ない場所」かつ「色が最も威力を発揮するのは冬」だと思う。

何年か前に冬のチベットに行ったことがある。その時に見た風景がこれである。
…なんもない。

本当になんの色もない。雨の少ない高地も「沙漠」なのである。夏なら多少の緑くらいはあるのだろうが、冬は完全なる茶色の世界。

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ではここに、宗教施設という「ド派手な色のついた建物」が加わるとどうなるだろう。
それが、これである。

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殺風景で色のない世界は、「ここで生きていくのキツいな」「住みたくないな」と思うかもしれないが、色が加わったとたん「人の住める場所」に見えてくるはずだ。チベットのタルチョが色鮮やかなのも、寺院がことごとく色鮮やかなのも、背景と合わせてみると理由が分かるのだ。

・色ついていることで、遠くからでもその場所を認識できる
・他に人工の色がない世界では、そこが特別な場所とすぐに認識できる
・色合いによって華やかさや明るさを演出し、周辺地域に生きていくうえでの快適さを与える

といった効果がある。

エジプトの場合は冬に小麦を生育させるため、川沿いの畑には冬でも緑があるが、川の側を離れた背後はすぐに沙漠と荒れ地、岸壁であり、まっ茶色の風景になる。しかもチベット高原のように雨も降らないので一年中茶色。その世界に鮮やかな色彩の建物を建てることは、周辺の村や町にとって大きな意味を持っていたと思う。
宗教施設という色鮮やかで特別なものと認識される場所を中心とした集団生活が、これで確立されるのだ。

自然界の色合いの少ない土地、色の乏しい季節がある土地などにとって、人工的に派手な色合いの建物を作ることは重要だった。
逆に、春から秋まで自然界に色が溢れ、冬ですらツバキやユキワリソウなどの花がある日本のような国だと、逆に「敢えて色をつけない、侘び寂びのあるのが粋だ」みたいな文化も生まれるのだと思う。



ちなみに色の乏しい北欧いくと、宗教施設というより家がカラフル…。
人間って本質的に、色がないと不安になったり、鬱気味になったりするもんだと思うんですね。