イラクのカニ・シャイエ遺跡でウルクと同時代の記念建造物を発見。紀元前3千年紀の都市ネットワークに関連するか

イラク北部の山岳地帯、クルディスタンにあるカニ・シャイエ(Kani Shaie)遺跡の遺丘の頂上に近い部分から、記念的建造物、つまり民家などではない神殿か儀式用の建物らしきものが見つかった、という話を見つけた。
これがなんで重要かというと、時代的にメソポタミアで都市国家ウルクが栄えていたのと同時期だからだ。
そして場所的に、メソポタミアの都市国家が栄えた場所の中心地からかなり離れている。

University of Coimbra team discovers monumental building shedding new light on the origins of civilisation
https://www.uc.pt/en/uc-news/articles/university-of-coimbra-team-discovers-monumental-building-shedding-new-light-on-the-origins-of-civilisation/

ffgggh.png

ポインターをおいた場所がカニ・シャイエ。かなりザグロス山脈寄りの地域だ。
対して、ウルクとその周辺都市国家のあったあたりは、海に近い川の下流。

fggh.png

一昔前の理論に「ウルク・ワールドシステム」というものがある。
現在は批判も多い説だが、ざっくりいうと、ウルクが周辺地域を巻き込んだ支配と経済のネットワークを作り上げていたという説だ。
覇権を握る都市国家ウルクが支配都市を増やし、交易圏を拡大してネットワークを作り上げることにより、周辺地域を巻き込んだ一大経済圏を作っていた、そのネットワークを通して支配を広げ、文化を伝播させて古代の世界経済のようなものを成立させていた…。

この説自体は面白いし、実際にウルクが勢力圏を急速に拡大させたことは事実なのだが、ちょっと深読みしすぎというか、古代世界の文化水準を見誤ってそうなのがよく批判されている点だ。
具体的に言うと、「政治構造が未成熟なこの時代の小さな都市国家では、ネットワークの中枢たり得ないのでは?」とか「ウルク全盛の紀元前3千年紀ってまだ筆記技術とか計算式すら未熟で世界経済ってほどでもないのでは、単に遠距離交易してただけでは?」みたいな。

ただ、今回のカニ・シャイウのように、遠方の都市まで影響力を持ち、交易ルートも伸ばしていた可能性があるとなれば、「ワールドシステム」まではいかなくとも、古代世界ネットワークを評価する証拠にはなり得ると思う。研究者が「カニ・シャイエが文化的・政治的ネットワークの重要地点だった可能性がある」と言ってるのは、そういうことだ。

なお、この遺跡自体、人が住み始めたのは古い時代だが、その後、ウルク期と呼ばれる時代に急速に拡大したのち、何らかの災害か紛争によって破壊され、その後また再建されるという歴史を辿っているらしい。なのでウルク期の拡大の理由とか状況がわかると、この街を中心とした周辺地域の歴史の一端もわかるかもしれない。
その意味では面白そうな発見だなと思っている。

*********
参考とか関連記事とか

シュメールの都市まとめ「ウルク」とウルク期について
https://55096962.seesaa.net/article/201910article_20.html

メソポタミア=シュメール ではない。シュメール、アッカド、アッシリア、バビロニア、違いをまとめた。
https://55096962.seesaa.net/article/201506article_12.html

「シュメール人は何処から来たか分からない謎の民族!」→最近はそこまで謎でもない
https://55096962.seesaa.net/article/504527709.html