シェイクスピアの「ハムレット」原型「アムレートのサガ」。北欧神話のハムレットはヴァイキング的英雄

某有名監督の新作アニメ映画(自分は予告編で地雷の匂いを嗅ぎ取って見に行っていない)がハムレットをモチーフにしているとかで、若干話題になっているのでついでに書いておこうかと思う。

シェイクスピアは、何もないところから「ハムレット」を生み出したわけではない。その原型というべき物語・キャラクターは、実は北欧の伝承である。デンマークの王族の一人で、のちに王として即位する「アムレート」という人物を巡る物語なのだ。

アイスランドでは「アムレートのサガ」、これは内容が残っておらずほぼ名前のみ。
デンマークでは「ゲスタ・ダノールム(デンマーク人の事績)」の中の「第三の書」から「第四の書」にかけて収録されたエピソード。

「デンマーク人の事績」はありがたいことに邦訳もあるのだが、出たのがかなり前なので今となっては新本は手に入らない。図書館か古本屋で探してほしい。

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さて、「デンマーク人の事績」は口承伝承として伝わるデンマーク王家の歴史を、文章にするという前提のもとで作られている。1-9巻までは「伝説的な異教時代」。アムレートが登場するのはここ。
本が書かれたのは12世紀末から13世紀初頭あたりの時代で、キリスト教時代に入った中世である。その時点でアムレートは、過去の、荒々しい時代の人物とされていた。

北欧神話のお約束として、王家の血筋はオーディンにつながることになっているので、アムレート以前の家系図に登場する人物の中にはオーディンの息子がいる。神話と歴史の入り混じる描写である。

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物語のあらすじは途中までシェイクスピアと同じである。アムレートの父王は狡猾で卑怯な叔父によって暗殺され、母は叔父に娶られる。アムレートは知恵遅れのふりをして自身の命を守り、機会を狙って叔父に復讐し王位を取り戻す。
だが、古代北欧世界において身内の復讐は義務である。特に存命の息子がいて父の屈辱をはらさないなど、名誉を失う行為とされていた。よって、アムレートが復讐をためらうことはない。

むしろ最初から、どうすれば確実に叔父を殺せるか、叔父のシンパを巻き添えに出来るかを計算して行動している。復讐を遂げてはじめて彼は一人前の男として、立派な王として人々に認められる。叔父を殺すべきかどうか迷うハムレットは、キリスト教世界の、平和な中世での産物なのだ。

そしてアムレートの生涯は、復讐を遂げたところでは終わっていない。
叔父を下し王となったあと、ユトランド半島での戦いで戦死し、息子が跡を継ぐ。勝てないと追われる戦から逃げることなく、堂々と受けて立って見事に戦い名を残しました、というヴァイキング時代なら最高の死に方である。元ネタの人物はあくまで異教時代の北に生きる人物だったのだ。
もしも彼がシェイクスピア版の自分の伝承を見たら、「話が長い! 言葉であーだこーだ言う前に剣を取れ!💢」ってなると思う…。
あと元のアムレートは自力で真相にたどり着いてるし、王の暗殺も華麗にかわすし、一人でやり遂げる胆力も持っているので、だいぶステータス高い。恋人との関係も王者の風格。まさに北欧神話世界の「英雄」像なので、それがどのように後世に弱体化されていったのかを見るのは面白い。



また、ひとつ付け加えておくならば、古代北欧世界の「復讐は義務」とは、あくまでタテマエであり、実際に復讐が行われるのは物語上のお約束みたいなものである。現実世界では、実際には賠償金や贈り物などで手打ちにされた記録の方が多い。まあ、世の中、英雄はそんなにいないので…。たいていの一般人、強い相手と戦うのは怖いし死にたくもないので…。

「復讐は義務」というタテマエは、裏を返せば「未解決の紛争を放置するな」ということでもある。相手の生命を奪うか、金銭を支払わせるかは別として、「ケリをつけて、これでもう恨みっこなしね、はい争いは終わり終わり」という状態に持っていくことが、集団の平穏を保つために大事なことだったのだと認識すべきだろう。