アーサー王にまつわる観光公害、「後世にアーサー王のものにされてしまったせいで本来の歴史が知られない」
アーサー王伝説は日本でも人気で、最近ではサブカルなどの影響により、聖地巡礼と称してブリテン島に行く人も増えている。
だが、ブリテン島における「アーサー王の観光名所」の大半は実は中世以降の後付け名所である。
後世にデッチ挙げられた内容ばかり有名になって、実際の歴史が知られていない、あるいはその場所の本来の歴史が調査もされないまま放置されてしまっている、という問題は、繰り返し問題視されている。
たとえば有名どころでは、アーサー王の生誕の地とされる「ティンタジェル」。
ここは実は元々のアーサー王伝説ではかすりもしない、赤の他人の土地である。アーサー王伝説と結びつけられるようになったのは12世紀以降。アーサー王の元ネタになった人物がいたかもしれない5-6世紀の時代が調査されるようになったのは、つい最近のことである。
ティンタジェルの発掘/リアルの歴史と「アーサー王ファンタジー」のはざま
https://55096962.seesaa.net/article/201707article_20.html
また、アーサー王の墓があるとされた「グラストンベリー」も、実際には墓は見つかっていない。墓から出てきたとされる十字架も絵しか残っていないわりにその絵が何種類もあり、発見時の状況も混乱しているなど、作り話を強く示唆する内容になっている。
アーサー王の墓を発見したと主張した当時のグラストンベリー修道院は、火災によって被害を出したあとで、再建のためには何か聖遺物をデッチあげてでも寄付を募らなければたち行かない状況だった。そのため、他の修道院から文句をつけられにくく、本物か偽物かの判定も難しいだろうアーサー王の墓と聖遺物をデッチ上げたのだろうと考えられている。
(ちなみにこの修道院、最初は、聖パトリックと聖ダンスタンの遺骨が自分たちのもとにあること、火災によって発見されたことを主張したがすぐに捏造がすぐにバレて失敗している。アーサー王の墓を”発見”した、というのはその次の主張であり、なぜかこの嘘だけは後世に残ってしまった)
巨石遺跡の中にも、アーサー王伝説と結びつけられているものは幾つかある。アーサーが対峙した巨人が変化した石、巨人を対峙した場所、腰掛けた石、etc…。観光名所になっているわりに調査されていない、という場所も多い。
イングランド西部、「アーサーの石」と名付けられてしまった新石器時代の巨石遺跡が改めて調査される
https://55096962.seesaa.net/article/490171405.html
とりあえずアーサー王伝説関連って言っとけば観光客が来るので何でもいいんだろうな…という感じである。
まあ、地元にカネが落ちるぶんにはWin-Winに見えなくもないのだが、これらの観光地をただ回って後づけの尤もらしい伝説に満足して帰って来るのは浅い気もする。
さして、最近のブリテン島のトレンドは「神話ではなくリアルな歴史」である。19世紀以降に広く信じられていた「ケルト」の幻想、大陸から追われたケルト人が島に移住して来ていた、という伝説が否定されはじめたのも、その流れの一つだ。
アーサー王の元ネタになった人物がいたとすればローマ撤退後の時代。かつて「暗黒時代」と言われてきたその時代が、実際には物質的には豊かで、遠距離交易も盛んに行われ、島独自の文化が熟成された時代だったことが分かってきている。
今後のアーサー王のイメージが描き直されるのだとすれば、ケルトの幻想でも、ローマの残像でもない、「地元出身・土着の」、よりリアルで等身大な英雄像ではないかな、と思っている。
だが、ブリテン島における「アーサー王の観光名所」の大半は実は中世以降の後付け名所である。
後世にデッチ挙げられた内容ばかり有名になって、実際の歴史が知られていない、あるいはその場所の本来の歴史が調査もされないまま放置されてしまっている、という問題は、繰り返し問題視されている。
たとえば有名どころでは、アーサー王の生誕の地とされる「ティンタジェル」。
ここは実は元々のアーサー王伝説ではかすりもしない、赤の他人の土地である。アーサー王伝説と結びつけられるようになったのは12世紀以降。アーサー王の元ネタになった人物がいたかもしれない5-6世紀の時代が調査されるようになったのは、つい最近のことである。
ティンタジェルの発掘/リアルの歴史と「アーサー王ファンタジー」のはざま
https://55096962.seesaa.net/article/201707article_20.html
また、アーサー王の墓があるとされた「グラストンベリー」も、実際には墓は見つかっていない。墓から出てきたとされる十字架も絵しか残っていないわりにその絵が何種類もあり、発見時の状況も混乱しているなど、作り話を強く示唆する内容になっている。
アーサー王の墓を発見したと主張した当時のグラストンベリー修道院は、火災によって被害を出したあとで、再建のためには何か聖遺物をデッチあげてでも寄付を募らなければたち行かない状況だった。そのため、他の修道院から文句をつけられにくく、本物か偽物かの判定も難しいだろうアーサー王の墓と聖遺物をデッチ上げたのだろうと考えられている。
(ちなみにこの修道院、最初は、聖パトリックと聖ダンスタンの遺骨が自分たちのもとにあること、火災によって発見されたことを主張したがすぐに捏造がすぐにバレて失敗している。アーサー王の墓を”発見”した、というのはその次の主張であり、なぜかこの嘘だけは後世に残ってしまった)
巨石遺跡の中にも、アーサー王伝説と結びつけられているものは幾つかある。アーサーが対峙した巨人が変化した石、巨人を対峙した場所、腰掛けた石、etc…。観光名所になっているわりに調査されていない、という場所も多い。
イングランド西部、「アーサーの石」と名付けられてしまった新石器時代の巨石遺跡が改めて調査される
https://55096962.seesaa.net/article/490171405.html
とりあえずアーサー王伝説関連って言っとけば観光客が来るので何でもいいんだろうな…という感じである。
まあ、地元にカネが落ちるぶんにはWin-Winに見えなくもないのだが、これらの観光地をただ回って後づけの尤もらしい伝説に満足して帰って来るのは浅い気もする。
さして、最近のブリテン島のトレンドは「神話ではなくリアルな歴史」である。19世紀以降に広く信じられていた「ケルト」の幻想、大陸から追われたケルト人が島に移住して来ていた、という伝説が否定されはじめたのも、その流れの一つだ。
アーサー王の元ネタになった人物がいたとすればローマ撤退後の時代。かつて「暗黒時代」と言われてきたその時代が、実際には物質的には豊かで、遠距離交易も盛んに行われ、島独自の文化が熟成された時代だったことが分かってきている。
今後のアーサー王のイメージが描き直されるのだとすれば、ケルトの幻想でも、ローマの残像でもない、「地元出身・土着の」、よりリアルで等身大な英雄像ではないかな、と思っている。