フローレス島の小型人類は気候変動で絶滅した? 長期の気候変動記録が明らかに

インドネシアにあるフローレス島には、かつて現生人類とは別の小型化した人類が住んでいた。ホモ・フロレシエンシスと呼ばれる人類で、今のところ、現生人類との関係には定説がない。「だいぶ前からフローレス島にいて、島の環境にあわせて小型化していった」種と考えられているのだが、小型化前はホモ・エレクトゥスだったのか、別のホモ属だったのかすら分かっていない。

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そのホモ・フロレシエンシスがなぜ絶滅したのかについては、大きく分けると二つの説がある。
①気候変動により現生人類到達直前に既に絶滅寸前になっていた説
②現生人類との競合により生息域を追われて絶滅した説

今回出ていた論文は、ホモ・フロレシエンシスの絶滅時期の気候変動を石筍(洞窟に出来る石のタケノコみたいなやつ、鍾乳石)から調べよう、というもの。結果、確かに気候が大きく変動しており、主食の動物が減って生存厳しくなっていたのでは。ということが分かったらしい。
生存厳しくなってるところに現生人類が来て資源の取り合いに負けたかもしれない、という結論なので、①と②の合せ技だ。

Onset of summer aridification and the decline of Homo floresiensis at Liang Bua 61,000 years ago
https://www.nature.com/articles/s43247-025-02961-3

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まず、この地域は季節が夏と冬で大きく異なる。基本的に雨季が夏、モンスーン気候になる。ただし地球の気候は1万年単位で見るとけっこう変わっており、フローレス島にホモ・フロレシエンシスが住み着いたのは最も古い証拠に従うと20万年前の可能性があるが、人骨で言うと10万年くらい前。確実に生存していた新しい年代は5万年前。つまり、この間の5万年くらいの幅の時間軸での気候変動が重要になってくる。

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結果、絶滅に近い5万年前ごろに雨量が明らかに減っており、これが島のエモノを減少させるなどしていた可能性がある、という。
8万3千年前~7万6千年前だと総雨量は1560mm。6万1千年前~5万5千年前で990mm。これは石筍の成長と、含まれる成分からの分析になっている。雨が少なすぎて砂漠になるってほどじゃないけど、かなり差があることがわかる。
夏の降水量は絶滅したと考えられる5万年前ごろに450mmまで半減しているとのこと。これが生活環境を悪化させて絶滅の引き金引いた可能性があるという。

また、最低冬の降雨量は8万3千年ごろの前810mmから6万8千年前ごろの340mmまで変動幅があり、こちらも最大差で見るとけっこう大きい。
主食の一つだったステゴドンというゾウの一種の出土している量も明らかに減ってるらしいので、エモノが減って人数減ってきたところに現生人類が後からやってきて、競合に負けた可能性はある。

しかし、もしこの説を取るのなら、ホモ・フロレシエンシスは海を渡る技術が全く無かったと考えるしかない。海を渡れるなら、環境が悪化した時点でよそへ行くことは出来たはずだし、そもそも島に適応して体が小型化する必要もない。ということは、島には偶然流れ着いてたどり着いてしまった、とかになるのだろうか。(そもそもホモ・フロレシエンシスがいつ、どのルートで島にたどり着いたのかもまだ分かっていない)

現生人類は5万年前時点でオーストラリアまで進出しているので、渡海技術があったことは確定。これは現生人類だけの技術だったことになる。

果たして、小型人類と現生人類の出会いはあったのか。もしもあったとしたら、その遭遇はどんな風だったのか。
それにつけても、やはり「ヒト種の中で現生人類がなぜ唯一生き残ったのか」の答えは、ホモ・サピエンスの冒険心にあるような気がする。気候が悪化したなら別の場所に移動すればいい。というか多少条件が厳しくても、その先にフロンティアがあるならば前へ進み続ける。ホモ・サピエンスはいつの時代もそうして世界に拡散し続けてきた。
渡海技術を持っていたことで加速はしただろうが、その技術自体も冒険心から生み出されたものだろう。

ホモ・フロレシエンシスが、気候条件の最もいい時代に島に渡り、気候が悪化したことで絶滅寸前に追い込まれたのであれば、彼らに足りなかったもの、種の命運を分けたものは、その冒険心、移動し続ける力、だと思うのだ。