アルジェリア(9) 海辺の遺跡
砂漠巡りが終了したら、初日は入国と乗り継ぎだけで通り過ぎてしまった首都アルジェの街を軽く観光する。
海! おおー海、地中海よ。砂漠を走り回ったあとに見る海の青さよ。


といっても、アルジェで観光するとこといったらローマ時代の街、シェルシェル・ティパザ・マアレタニア王家の墓、もしくは旧市街カスバ、とか、だいたい行くとこは決まっている。それらの写真はネット上にいくらでもあると思うので飛ばして、自分用の資料として幾つか置いておく。
まずシェルシェルの街の見取り図。博物館にあった。
ローマの遺跡にあるものは決まっている。劇場、競馬場、広場、神殿、議会。場合によっては水道橋。そしてモザイク。トルコで見ようがギリシャで見ようがイギリスで見ようが、遺跡の構成も建物の形状もぜんぶ一緒。これがローマの都市のテンプレ。
博物館に収蔵されてるものもどこの国で見ても一緒…。

ティパザの遺跡は広大。今回は時間が無かったので海沿いのロケーション良いところだけサクっと見て周った。
ノリ的には鎌倉。現地の修学旅行生みたいな集団もいた。


遺跡の周辺には、地元観光客むけのお土産物屋さんが立ち並び、大航海時代のガレオン船やボトルシップ、海賊の剣など売られていた。修学旅行の学生さん狙いのノリは万国共通かもしれない。
お土産ものやさんの一角にあったフィギュア屋さん。ドラゴンボール、ナルト、鬼滅の刃、ポケモンなど日本のサブカル多め。
最近ではどこの国にいってもフィギュア屋さん見かけるようになってきたけど、品物ってどこから入手してるんだろうか…。

マウレタニア王家の墓。すっげえ観光地。
小高い丘の上にあるためか、近所の人が周囲に敷物広げてピクニックとかしてた。そういう用途いいの???
駐車場は満杯。遺跡のゲート前では地元民向けのアトラクションだろうか、乗馬体験とかやっててチップ払うとウマに乗せて遺跡の前の道路歩かせてくれるとかやってた。こんな人気の観光地とは思っていなかったのでちょっとびっくりした…。

墓の見取り図は入口に掲げてあった。この構造がよくわからんかったのだが、現地で実物見ながら確認して意味がわかった。
へんな通路がくっついてるの、これフランスの発掘隊が発掘調査と称して開けた盗掘穴だ。てか実際に遺跡の壁に穴ぶち抜かれてたし。


エジプトでも、かつてメンカウラー王のピラミッドの入口を探すためにダイナマイト爆破されたり、スフィンクスの下に隠し部屋がないか調べるためにドリルで穴開けたりしていた乱暴な時代があったが、ここでもおんなじようなことが成されていたらしい。
今からでは信じがたい蛮行だが、当時としてはアリだったのだ。
修復前はかなり崩れていたようだから、どこが入口なのか、正しい通路がどれなのか、よくわからんかったんだろうな…。
なお、修復されたといっても余ったパーツ? は多数あり、遺跡の眼の前に積み上げられていた…。
あと、オスマン時代のモスク。これはローマ時代の建物より、フランス統治時代の建造物より気に入った。
アルジェの街には、ヌミディア王国だった時代の痕跡、ローマ支配の時代の遺跡、ハイレディンとそれ以降のオスマン統治の時代、フランス植民地時代、と、大きく異なる文化層が幾重にも積み重なっている。
それがマグリブと呼ばれる地中海世界の面白さであり、砂漠とはまた違った味わい深い世界なのだが、今回は触りだけを味わって町を後にする。

以上、駆け足で街観光終了!
今回の旅は砂漠がメインなので、要所だけ周ったらそのまま帰国。まあ、都会は世界中どこもだいたいおんなじような風景ですね今は。グローバリゼーションの時代なので…。

砂漠からアルジェの街に戻って驚いたのは、街全体がうっすら臭いと感じたこと。(到着した初日には特になんとも思わなかった)
これは、海辺の町であることに加え、町中そこかしこに猫がいること(当然排泄物もあるし、餌やりの痕跡もある)、ゴミのポイ捨てなどが普通にあって日本ほど清潔ではないことなどの要因だろう。
とはいえ猫がウロウロしていたのはジャネットも一緒だったので、乾燥度合いと人の密度の違いが匂いに直結してる気がする。
砂漠はほんとに匂いが全然なかった。観光客が用を足しまくってきただろう岩陰でさえもだ。「匂い」とは、湿気が無いと感じられないものなのかもしれない。
****
まとめ読みはこちら
海! おおー海、地中海よ。砂漠を走り回ったあとに見る海の青さよ。
といっても、アルジェで観光するとこといったらローマ時代の街、シェルシェル・ティパザ・マアレタニア王家の墓、もしくは旧市街カスバ、とか、だいたい行くとこは決まっている。それらの写真はネット上にいくらでもあると思うので飛ばして、自分用の資料として幾つか置いておく。
まずシェルシェルの街の見取り図。博物館にあった。
ローマの遺跡にあるものは決まっている。劇場、競馬場、広場、神殿、議会。場合によっては水道橋。そしてモザイク。トルコで見ようがギリシャで見ようがイギリスで見ようが、遺跡の構成も建物の形状もぜんぶ一緒。これがローマの都市のテンプレ。
博物館に収蔵されてるものもどこの国で見ても一緒…。
ティパザの遺跡は広大。今回は時間が無かったので海沿いのロケーション良いところだけサクっと見て周った。
ノリ的には鎌倉。現地の修学旅行生みたいな集団もいた。
遺跡の周辺には、地元観光客むけのお土産物屋さんが立ち並び、大航海時代のガレオン船やボトルシップ、海賊の剣など売られていた。修学旅行の学生さん狙いのノリは万国共通かもしれない。
お土産ものやさんの一角にあったフィギュア屋さん。ドラゴンボール、ナルト、鬼滅の刃、ポケモンなど日本のサブカル多め。
最近ではどこの国にいってもフィギュア屋さん見かけるようになってきたけど、品物ってどこから入手してるんだろうか…。
マウレタニア王家の墓。すっげえ観光地。
小高い丘の上にあるためか、近所の人が周囲に敷物広げてピクニックとかしてた。そういう用途いいの???
駐車場は満杯。遺跡のゲート前では地元民向けのアトラクションだろうか、乗馬体験とかやっててチップ払うとウマに乗せて遺跡の前の道路歩かせてくれるとかやってた。こんな人気の観光地とは思っていなかったのでちょっとびっくりした…。
墓の見取り図は入口に掲げてあった。この構造がよくわからんかったのだが、現地で実物見ながら確認して意味がわかった。
へんな通路がくっついてるの、これフランスの発掘隊が発掘調査と称して開けた盗掘穴だ。てか実際に遺跡の壁に穴ぶち抜かれてたし。
エジプトでも、かつてメンカウラー王のピラミッドの入口を探すためにダイナマイト爆破されたり、スフィンクスの下に隠し部屋がないか調べるためにドリルで穴開けたりしていた乱暴な時代があったが、ここでもおんなじようなことが成されていたらしい。
今からでは信じがたい蛮行だが、当時としてはアリだったのだ。
修復前はかなり崩れていたようだから、どこが入口なのか、正しい通路がどれなのか、よくわからんかったんだろうな…。
なお、修復されたといっても余ったパーツ? は多数あり、遺跡の眼の前に積み上げられていた…。
あと、オスマン時代のモスク。これはローマ時代の建物より、フランス統治時代の建造物より気に入った。
アルジェの街には、ヌミディア王国だった時代の痕跡、ローマ支配の時代の遺跡、ハイレディンとそれ以降のオスマン統治の時代、フランス植民地時代、と、大きく異なる文化層が幾重にも積み重なっている。
それがマグリブと呼ばれる地中海世界の面白さであり、砂漠とはまた違った味わい深い世界なのだが、今回は触りだけを味わって町を後にする。
以上、駆け足で街観光終了!
今回の旅は砂漠がメインなので、要所だけ周ったらそのまま帰国。まあ、都会は世界中どこもだいたいおんなじような風景ですね今は。グローバリゼーションの時代なので…。
砂漠からアルジェの街に戻って驚いたのは、街全体がうっすら臭いと感じたこと。(到着した初日には特になんとも思わなかった)
これは、海辺の町であることに加え、町中そこかしこに猫がいること(当然排泄物もあるし、餌やりの痕跡もある)、ゴミのポイ捨てなどが普通にあって日本ほど清潔ではないことなどの要因だろう。
とはいえ猫がウロウロしていたのはジャネットも一緒だったので、乾燥度合いと人の密度の違いが匂いに直結してる気がする。
砂漠はほんとに匂いが全然なかった。観光客が用を足しまくってきただろう岩陰でさえもだ。「匂い」とは、湿気が無いと感じられないものなのかもしれない。
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