微妙に消化不良だが問題提起としてはど真ん中「ケルトとは何か」
新刊コーナーにあったので読んでみた。
タイトルのとおり、「ケルトとは何か」がテーマの本で、前半は、これまで「ケルト」の名のもとに語られてきた音楽、芸術、服装、ハロウィンなどの祭り、伝承などの起源は古代まで遡れるようなものではなく近代のもの、古くても中世後期くらいまでしか遡れないという話。つまり、それらは古代の「ケルト人」のものではない。
後半は、唯一古代まで遡ることの出来る「ケルト語」の話。ただしこれはケルト人が使っていた言語というわけではなく、ケルト語の中でも地域差が大きいため相互の疎通は困難で、ケルト語圏だからといって統一された民族意識や文化伝統を持っていたかどうかは微妙。という話。(これはおそらく日本語の中でも東北弁と九州弁では互いの疎通が難しい、という話と同じ。)

ケルトとは何か (講談社選書メチエ) - 原聖
構成があまり良くなくて話がとっ散らかってるのと、前提となる知識が繋がっていないのとで、読んでスッキリした感じはなかった。全部理解するのが面倒くさい人は「はじめに」の問題提起と「おわりに」を読んで本の概要を掴んで、それぞれの章で取り上げられている内容のうち気になるテーマから読み始めるといいかもしれない。
で、なんでこんなタイトルの本が出ているかというと、今、「ケルト」の定義が揺らいでいるからである。
その件については、日本ケルト学会が出した本にダメ出しをした時に書いているので以下を参照。
個々の論説は面白いが、学会史節目の論文集としては期待外れ「ケルト学の現在」
https://55096962.seesaa.net/article/514934013.html
古代のケルト人に統一文化はあったのか。「古代ケルト人の紛争解決と集会」という小論についてのツッコミ
https://55096962.seesaa.net/article/514939343.html
上記のダメ出しで書いたとおり、もはや以前のように、アイルランドの伝承もアーサー王伝説もバグパイプもハロウィンもすべて一緒くたに「ケルトの伝統」と呼ぶような考え方は通用しない。
とどのつまり、ケルト学会を名乗る学者集団は、「ケルト」は何かを自ら定義することすら出来ていない。自分たちが何の研究をしているのか分かっていないのでは学生の研究会にも劣る。相当危機的な状況だと理解したほうがいい。
なので、一人でもそこに踏み込んだ本を出してくれた本職の人がいたことには、ほっとするところだが…内容に同意するかというと、8割くらいまでだなあという感じ。
先にも書いたように「ケルト学」を「ケルト語の学問」と定義するのはアリだろうと思う。実際に類似する言語で作られたケルト語という言語系統は存在し、話者が減りつつあるとはいえ、その言葉が長らく話されていたケルト語圏がある。ならば、その地域、その言語の話者を範囲とした研究テーマが成立するのはアリだ。
しかし、「ケルト語」は古代の「ケルト人」が話していた言葉とは言えない。その証拠はないし、名称自体が古代人とは無関係に名付けられている。かつてローマにケルト人と呼ばれた古代の人間集団と、近代に名付けられた言語系統、2つの「ケルト」の定義が存在することを明確にしなければならない。
著者はこの切り離しに踏ん切りが着かなかったと見え、「ケルト語自体は古代からあり、かつてケルト人と呼ばれた人々の少なくとも一部はケルト語を話していたはずだ」という立場のようだが、そもそものケルト語がケルト人の言語であると言える明確な根拠が無い以上、最初から切り離して考えたほうがいいと思う。でなければ、考古学的な「ケルト人」の分布とケルト語圏が重ならないことに言い訳を重ねて整合性を取らねばならないことになると思う。
また、途中に出てくるクルガン仮説はもう使えない。最近の研究でウマが家畜化された時期が紀元前2,200年頃と判明し、インド・ヨーロッパ語族の拡散として想定されている時期よりだいぶ後になったからだ。ヨーロッパにウマと馬車を広めた人々が誰であったにしろ、ヤムナヤ文化の担い手とは言えなくなった。
ウマはいつ家畜化されたのか: 追加研究が出て紀元前2,200年頃でほぼ確定に。各所の専門家は修正がんばって!
https://55096962.seesaa.net/article/503592080.html
(となると、実はウマを拡散させたのはフィン・ウゴル語系統の民族だったりしないか…? 彼らが長距離移住出来てるのはウマを連れてたからでは? とかは、ちょっと思っていたりもする。)
というわけで、テーマとして命題の掲げ方は良かった。「ケルト語」という古代からの確かな伝統をもとに「ケルト」の名が意味するものを再編しようとする方向性も概ね同意は出来る。
ただ、従来の、そして多くの人が想像するだろう「古代のケルト」と、現在の研究分野としての「ケルト」の関連系、または関係づけについては不十分で、この曖昧なスタンスのままでは定着することは無いだろうなと思う。
単純化するならば、これは考古学・歴史学の言う「ケルト(古代/絶滅済)」と、言語学の指す「ケルト(現在も存続している)」の定義が異なる、という話なのだろうが、そこからしてどれだけの読者に伝わったのかは疑問だ。
もうちょっと各所の専門家の間で議論して煮詰めてもらったほうがいいと思うんですよね…。
ていうか、そここそが「学会」を名乗る人たちの仕事だと思うんですけどね。
タイトルのとおり、「ケルトとは何か」がテーマの本で、前半は、これまで「ケルト」の名のもとに語られてきた音楽、芸術、服装、ハロウィンなどの祭り、伝承などの起源は古代まで遡れるようなものではなく近代のもの、古くても中世後期くらいまでしか遡れないという話。つまり、それらは古代の「ケルト人」のものではない。
後半は、唯一古代まで遡ることの出来る「ケルト語」の話。ただしこれはケルト人が使っていた言語というわけではなく、ケルト語の中でも地域差が大きいため相互の疎通は困難で、ケルト語圏だからといって統一された民族意識や文化伝統を持っていたかどうかは微妙。という話。(これはおそらく日本語の中でも東北弁と九州弁では互いの疎通が難しい、という話と同じ。)

ケルトとは何か (講談社選書メチエ) - 原聖
構成があまり良くなくて話がとっ散らかってるのと、前提となる知識が繋がっていないのとで、読んでスッキリした感じはなかった。全部理解するのが面倒くさい人は「はじめに」の問題提起と「おわりに」を読んで本の概要を掴んで、それぞれの章で取り上げられている内容のうち気になるテーマから読み始めるといいかもしれない。
で、なんでこんなタイトルの本が出ているかというと、今、「ケルト」の定義が揺らいでいるからである。
その件については、日本ケルト学会が出した本にダメ出しをした時に書いているので以下を参照。
個々の論説は面白いが、学会史節目の論文集としては期待外れ「ケルト学の現在」
https://55096962.seesaa.net/article/514934013.html
古代のケルト人に統一文化はあったのか。「古代ケルト人の紛争解決と集会」という小論についてのツッコミ
https://55096962.seesaa.net/article/514939343.html
上記のダメ出しで書いたとおり、もはや以前のように、アイルランドの伝承もアーサー王伝説もバグパイプもハロウィンもすべて一緒くたに「ケルトの伝統」と呼ぶような考え方は通用しない。
とどのつまり、ケルト学会を名乗る学者集団は、「ケルト」は何かを自ら定義することすら出来ていない。自分たちが何の研究をしているのか分かっていないのでは学生の研究会にも劣る。相当危機的な状況だと理解したほうがいい。
なので、一人でもそこに踏み込んだ本を出してくれた本職の人がいたことには、ほっとするところだが…内容に同意するかというと、8割くらいまでだなあという感じ。
先にも書いたように「ケルト学」を「ケルト語の学問」と定義するのはアリだろうと思う。実際に類似する言語で作られたケルト語という言語系統は存在し、話者が減りつつあるとはいえ、その言葉が長らく話されていたケルト語圏がある。ならば、その地域、その言語の話者を範囲とした研究テーマが成立するのはアリだ。
しかし、「ケルト語」は古代の「ケルト人」が話していた言葉とは言えない。その証拠はないし、名称自体が古代人とは無関係に名付けられている。かつてローマにケルト人と呼ばれた古代の人間集団と、近代に名付けられた言語系統、2つの「ケルト」の定義が存在することを明確にしなければならない。
著者はこの切り離しに踏ん切りが着かなかったと見え、「ケルト語自体は古代からあり、かつてケルト人と呼ばれた人々の少なくとも一部はケルト語を話していたはずだ」という立場のようだが、そもそものケルト語がケルト人の言語であると言える明確な根拠が無い以上、最初から切り離して考えたほうがいいと思う。でなければ、考古学的な「ケルト人」の分布とケルト語圏が重ならないことに言い訳を重ねて整合性を取らねばならないことになると思う。
また、途中に出てくるクルガン仮説はもう使えない。最近の研究でウマが家畜化された時期が紀元前2,200年頃と判明し、インド・ヨーロッパ語族の拡散として想定されている時期よりだいぶ後になったからだ。ヨーロッパにウマと馬車を広めた人々が誰であったにしろ、ヤムナヤ文化の担い手とは言えなくなった。
ウマはいつ家畜化されたのか: 追加研究が出て紀元前2,200年頃でほぼ確定に。各所の専門家は修正がんばって!
https://55096962.seesaa.net/article/503592080.html
(となると、実はウマを拡散させたのはフィン・ウゴル語系統の民族だったりしないか…? 彼らが長距離移住出来てるのはウマを連れてたからでは? とかは、ちょっと思っていたりもする。)
というわけで、テーマとして命題の掲げ方は良かった。「ケルト語」という古代からの確かな伝統をもとに「ケルト」の名が意味するものを再編しようとする方向性も概ね同意は出来る。
ただ、従来の、そして多くの人が想像するだろう「古代のケルト」と、現在の研究分野としての「ケルト」の関連系、または関係づけについては不十分で、この曖昧なスタンスのままでは定着することは無いだろうなと思う。
単純化するならば、これは考古学・歴史学の言う「ケルト(古代/絶滅済)」と、言語学の指す「ケルト(現在も存続している)」の定義が異なる、という話なのだろうが、そこからしてどれだけの読者に伝わったのかは疑問だ。
もうちょっと各所の専門家の間で議論して煮詰めてもらったほうがいいと思うんですよね…。
ていうか、そここそが「学会」を名乗る人たちの仕事だと思うんですけどね。