エジプト神話で猫は月の女神?→それはギリシャ神話と混じって以降の話。基本的に猫は太陽属性

猫の目の瞳孔が開いたり細くなったりすることから月と結びつけられた、エジプト神話では猫は月の女神である…という言説を見かけて、「え、そんな神話見たことないんスけど」となった。

ソースどこよ。と思って調べてみたのだが、どうも昔放映された「世界ふしぎ発見」だったらしく、あー…じゃあまあ間違えててもしょうがないね…という感じ。
世界ふしぎ発見、エジプト回に吉村氏が関わってた時代はデマのオンパレードだったしなあ。

が、それだけで話が終わってしまってはつまらないので、「ではエジプト神話の猫はどういう存在だったのか」、「月の女神ってなんだよ」という話をしておきたい。

◆エジプト神話の猫は「太陽神の眷属」、月と関わりを持つ神はいない

エジプト神話における猫の神には、男神と女神がいる。
有名どころはバステト女神だが、他には「切り裂くもの」という別名を持つパケト女神。この二柱は古い時代には獅子の姿で描かれているため、元は獅子女神だったと考えられる。他には法の女神でもあるマフデト女神。マフデトはイクニューモンかオセロットではないかという説もある。
男神としてはラー神の眷属とされる「太陽の雄猫」がいるが、これは模様からしてサーバルではないかという説もある。

それぞれについての説明は以下を参照。

バステト
http://www.moonover.jp/bekkan/god/bastet.htm

パケト
http://www.moonover.jp/bekkan/god/pakhet.htm

マフデト
http://www.moonover.jp/bekkan/god/mafdet.htm

太陽の雄猫
https://55096962.seesaa.net/article/201801article_27.html

いずれも太陽神の眷属であり、バステトは「ラーの娘」という称号も持つ。また、わかりやすく頭の上に太陽のシンボルを載せている。
猫の姿をした神々は第一に「狩りをする」能力を買われており、ネズミやヘビを狩って家や家族を守るもの、戦の女神、罪人/害獣の裁き手といった属性を持つ。月のように瞳が移り変わることと信仰を結び付けた記録を見たことはない。

neko.png


◆では月の女神という話はどこから…? →グレコ・ローマン時代に月の女神アルテミスと結びつけられた

エジプトの歴史に詳しい人なら知ってのとおり、古代エジプト最後の王朝はマケドニア人の王朝、プトレマイオス朝だ。この時代にギリシャ人が多くエジプトに移住してきており、ギリシャ神話やギリシャの神々もエジプトに持ち込まれることとなった。そして、国策としてギリシャ神話の神々とエジプト神話の神々の融合/同一視が行われたのである。

つまり日本でいう本地垂迹のエジプト版。
まあ両方の神を同一視すれば宗教的な軋轢はなくなるかもしれませんけどぉ…ってやつ。

その中で、月の女神/狩りの女神であるアルテミスは、エジプト神話のパケト女神と同一視されることとなった。
狩りの属性、女神であるということ、そしてパケトは「夜に狩りをする女神」という別名も持っていたことから、元は太陽属性であるにも関わらず、ギリシャ人の解釈として月の女神に解釈変更されることになった。

なので、「エジプト神話では猫の女神は月の女神である」は間違いだが、「パケト女神については、プトレマイオス朝以降のグレコ・ローマン時代の神話としては月の女神とされた」はアリ。猫の女神全般の話ではないのと、エジプト神話の中でもギリシャ神話と融合して以降の時代のみであるという話である。

ただ、この場合でも「猫の目の瞳孔が細くなったり膨らんだり、月のように変化するから」という理由付けは間違っているだろう。それが理由ではないからだ。


◆猫の瞳にまつわる信仰「夜でも目が見える」「光る」

古代エジプト人が猫の瞳に対して抱いていた信仰は、おそらく、瞳孔の大きさが変わることではない。というか瞳孔の大きさが変わるのを見られるのは昼間だけなので、そもそも夜の話ではない。暗闇では瞳孔は大きく開いたままなので大きさは変わらないだろう。

それよりも、古代人が注目したのは光の少ない夜であっても夜目が良く聞くという点らしい。先のパケト女神の「夜に狩りをする女神」に関連するテキストとして、コフィン・テキストの中に「鋭敏な瞳を持ち、闇の中で見え、夜に獲物を捕らえる」という表現が出てくる。コフィン・テキストの成立は中王国時代、そして猫がイエネコとして定着していくのもその時代だ。

古代エジプト人にとっては、猫の持つ能力の中でも「闇の中でも見える瞳」、そして「闇の中に蠢く害獣を打ち払う力を持つ」ということが重要だったと見なせるだろう。

※この件については、「古代エジプト動物」という本の1/3くらい使って書かれているので興味のある人は自分で読んでみてほしい。
ちなみにこの本は最近、新装丁で再販されたものだが、再販前のタイトルは「古代エジプト動物」である。

古代エジプト動物誌 (講談社学術文庫) - 酒井傳六, 河合望
古代エジプト動物誌 (講談社学術文庫) - 酒井傳六, 河合望


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というわけで、エジプト神話の猫の女神はもともとは太陽神の眷属、しかしパケト女神だけはのちにアルテミス女神と結びつけられたので期間限定で月の女神とされることはある。

もしかしたらギリシャ語ソースでは猫の瞳が月のように移り変わる~みたいな解釈もどこかにあるのかもしれないが、ギリシャ神話の資料はあまり持っていないのでそちらはわからない。

昔はSNSとか無かったから、テレビが適当なこと言っても訂正されずにそのまんまになってることは良くあるんですよね…。