エジプト/シナイ半島のワディ・カミラで初期王朝時代のものと思われる岩絵が見つかる。最大5,000年前のものか

古代エジプトの時代、シナイ半島はナイル川流域では採れない銅の採掘場として支配されていた。

ピラミッド建設に銅器(青銅器ではなく銅器)が使われていたことは、銅製のノミが発掘されていることからしても異論がないが、その銅の出どころはシナイ半島である。実際に紅海沿岸から港の跡地と考えられる遺跡もみつかっていたりするので、大規模に人を送り込んで採掘させていたのは間違いない。

で、古王国時代に既にシナイ半島を実効支配して継続的に資源の採取が出来ていたのなら、その支配の始まりは古王国時代より前のはずである。
その「支配の始まり」に近い時代のものと思われる岩絵が見つかったよ、というのが最近出た以下のレポートである。

Wadi Khamila, the god Min and the Beginning of Pharaonic Dominance in Sinai 5000 years ago
https://www.freunde-abrahams.de/media/blaetter-abrahams/heft-25-2025/07.BAb.Nour-El-Din_Morenz.pdf

最大まで古く見積もると紀元前3,000年、つまり5,000年前の初期王朝時代のものになる。とはいえ岩絵だけだと年代の測定はむずかしい。
どう判定したのかについてだが、場所を見るとわかりやすい。
この場所、すぐ近くにハトホル神殿があるんですよね。ハトホルはシナイ半島の労働者たちの守護神でもあり、神殿は銅採石場に駐留する作業者たちの祈りの場だったとされる。
そして、近隣には別の、少しあとの時代とされるワディ・アメイラ、ワディ・フムール、マガラの産箇所の岩絵スポットがある。

それらのほかの鮮明な岩絵と比較して、今回見つかった岩絵はおそらく古代エジプトのもの、かつ時代的には古いものだろう、と判断したらしい。

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とはいえ、正直あまり残りはよくない。
風雨で劣化しているのもあるが、本当に紀元前3,000年だとするとヒエログリフによって文章を書く正書法みたいなのがまだ成立していない可能性がある。

上の方に記されている文字のようなものはおそらくヒエログリフの原型、一つはミン神のシンボルだろうとされるが、文章として読むことが出来ない。(先王朝時代には読み方が分からないヒエログリフがたくさんある。初代王ナルメルの名前も、たぶんそう読むだろうという推測で慣例としてそう読まれているだけだったりする。スコルピオン王はサソリの文字の読み方が分からないので便宜上スコルピオンと呼ばれている)

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両手を振り上げている人物がいるが、このポーズは王が敵を打ち据える際の定番ポーズに見える。ただし赤冠も白冠も被っていないため、上にあるミン神のシンボルから、ミン神を表現したものではないかと推測されているらしい。ただ、後世にはシナイ半島でミン神が信仰された証拠に乏しいため、ほんとにミン神かどうかは不明。船の形は古い時代のエジプトの岩絵によく出てくるタイプに似ているようだが、人物が描かれていただろう部分が欠損しているため、ここにいたのがエジプト人かどうかも分からない。

まあ、わりと不確かでふわっとした発見ではあるのだが、近くでまだ他に岩絵が見つかっているらしいので、続報まちかなぁというところ。

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最近砂漠でたくさん岩絵を見てきたばっかりなのだが、「そういやシナイ半島も砂漠っちゃ砂漠だなあ」などと思い出した。
乾いている上にナイル川の緑もないシナイ半島、古代エジプト人にとってはキツい労働環境だったと思うんですよねえ。それこそ、母なる女神様の神殿でもないと耐えられないくらいには…。