ロシア近代史の流れとしても面白い「悪党たちのソ連帝国」

「大英帝国」「中華帝国」に続く、「悪党」シリーズ三冊目が出ていたのでさっそく読んでみた。
ロシア帝国ではなくソ連帝国となっているが、初っ端レーニンからはじまり現在のプーチン政権へと続く、まさに「ソ連」の時代を扱った本である。
そして、プーチンが過去の指導者たちから何を学び、何を似せようとしているのかという話で締めくくられている。いわばソ連の「悪党」たち、ソ連帝国の権力者たちの系譜の本である。

悪党たちのソ連帝国(新潮選書) - 池田嘉郎
悪党たちのソ連帝国(新潮選書) - 池田嘉郎

そもそも「ソ連」はロシアを中心に、ウクライナやザカフカース連邦(アルメニア・アゼルバイジャン・ジョージア)などの周辺小国家を統合して生まれた帝国だった。「ソ連」を「ソ連」たらしめたのは何だったのか、帝国が成熟し、短期間で崩壊していくに至ったのは誰がどういう選択をした結果だったのか、というのを、指導者たちを軸としながら説明している。

この本での「悪党」たち=ソ連の指導者たちは、理想を掲げ、その理想の実現のために粛清やテロルによって圧政を敷いて庶民を苦しめた、わかりやすい「悪党」ではある。
しかし、その掲げた理想の大元は庶民の望みであり、「悪党」は何も指導者に限らず、そもそも庶民たち自身が様々な場面で「悪党」としても振る舞った。
そこが本としての面白いポイントで、おそらくソ連という国の中には、無名のままに終わったものの、条件さえと整えば名のある「悪党」として大成したはずの人々が数多く埋もれていたのだ。
だからこそソ連帝国はソ連帝国たり得た、とも言える。

そして、本を構成する主軸となっている指導者たちが、必ずしもロシア人ではなく、ユダヤ人やウクライナ人などマイノリティに出自を持つ人々のほうが多いというのも面白い気付きだったと思う。

最初から最後まで、舞台の端にリュビーモフという傍観者役を配置している上手さもあいまって、一冊の本として通しで読むのに読みやすく、1章から順に追って読むのが一番わかりやすいという久しぶりの本でもあった。
読むなら一気読み、もしくは章ごとに区切って読むのをおすすめしたい一冊である。


なお思い出話となるが、中の人は、ゴルバチョフとエリツィンの名前にはうっすら見覚えのある世代である。
本の最後のほうにチェルノブイリ原発の事件も出てきたが、確か小さい頃、チェルノブイリなるものが爆発して悪いものが流れてくるかもしれ
ないから、しばらく雨の日は外に出てはいけない。とか言われたことを、なんとなく覚えている。

とはいえ、ソ連崩壊は1991年、既に35年も前の話である。
その時代を覚えていないか、まだ生まれていないという人も増えてきただろう。
かつてソ連という帝国が、アメリカ帝国と対抗する世界の二大勢力として立っていたこと、産業スパイや技術開発合戦がいまより熾烈だった時代があったことを、知らない世代もいるだろう。

自分が生きた時代と同時代の出来事は、歴史とは認識しづらい。過去の記憶である。
この本に登場する6人の「悪党」たち――ソ連歴代の指導者たちの何人目までが歴史で、何人目からが過去の記憶なのかは、読者によって違うと思う。まあさすがにスターリンと同時代を生きた人たちはほぼ存命ではないだろうが、フルシチョフあたりからは知ってる人も増えるのではないだろうか。

プーチンも、いつかは歴史になる。「ああ、そんな人いたねえ」と思い出されるような、遠い過去になる。
「悪党」たちの継承者の一人として、歴史書に名を連ねることとなる。

その時、果たして彼はどのように評価され、どんな「二つ名」を貰うのだろうか。ぜひ、その時代の歴史書を見てみたいものだと思う。

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この本と合わせて読むと面白いだろうと思うのがこちら、「イスラエルの起源」。
イスラエルという国家を立ち上げた人々の多くはロシアからの亡命者で、ロシアの近代化への幻滅や、KGBの経験から作られた組織モサドなど、実はロシア風味が強く生きている国だ。

イスラエルの起源 ロシア・ユダヤ人が作った国 (講談社選書メチエ) - 鶴見太郎
イスラエルの起源 ロシア・ユダヤ人が作った国 (講談社選書メチエ) - 鶴見太郎


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これまでの「悪党」シリーズは以下。それぞれのシリーズごとに、書き手のチョイスや切り口が異なること、「悪党」とは何をもって悪党なのか、という視点も異なる。また、取り上げられている「帝国」の色合いも違うため、対象となるのがどういう帝国なのか、という違いも、読み比べると面白い。

悪党たちの大英帝国(新潮選書) - 君塚直隆
悪党たちの大英帝国(新潮選書) - 君塚直隆

悪党たちの中華帝国(新潮選書) - 岡本隆司
悪党たちの中華帝国(新潮選書) - 岡本隆司