ナイジェリアにかつて栄えたベニン王国の遺産「ベニン・ブロンズ」についての覚書き
ベニン王国は、かつてナイジェリアに栄えた西アフリカの中世の王国だ。
12世紀から19世紀まで存在し、特に15世紀あたりが最盛期だったとされる。

西アフリカの王国の宿命というか、近代にイギリス植民地となり一度は独立を失ったが、その際に多くの遺物を持ち去られてしまった。
その代表例が「ベニン・ブロンズ」と呼ばれる金属製の装飾板と彫像だ。銅製のものだけでなく、青銅、真鍮、その他の合金があるという。これらは、ベニンの王(オバと呼ばれる)と従者たちを表現したものとされ、13世紀頃から製作が始まったと考えられている。最盛期は15世紀のオバ・エウアレが作らせたもの。金属加工の技術の高さと、独特の芸術スタイルを持つ、興味深い品である。


※大英博物館の説明ページ
https://www.britishmuseum.org/about-us/british-museum-story/contested-objects-collection/benin-bronzes
これらは、かつての宗主国であるイギリスが大量に持ち出したため、主要なコレクションを大英博物館が占めるという状態になっている。上記のページによると「大英博物館には、ベニン王国の歴史的遺物900点以上が収蔵されています」とのこと。それを大英博物館が世界中に貸し出し、研究も主導しているという状態。
なのでナイジェリアに残っているものが少なく、自国で研究すら出来ない。当然ながら返還要求運動も盛んだ。
近年は特に、博物館職員が不正に持ち出して売り払っていたことまで発覚し、返還運動が加熱している。
大英博物館のずさんな管理に不信感。ナイジェリア政府が美術品の返還を再要請
https://artnewsjapan.com/article/1478
ドイツやオランダなど周辺国に流出したものは少しずつ返されているようなのだが、イギリスは頑として拒否している。これは、ナイジェリフの象徴であるベニン・ブロンズ一式を返還すると、エルギン・マーブルやロゼッタ・ストーンなど、他の植民地から持ち帰った品に片っ端から波及するのではないかと恐れているからだろう。
逆に言えば、この、世界的にあまり知名度が高いとは言えない品の今後の動向が、大英博物館の「かつての植民地から持ち出した遺物に対する今後のポリシー」を指針付けるものになるのでは、という気もしている。
12世紀から19世紀まで存在し、特に15世紀あたりが最盛期だったとされる。
西アフリカの王国の宿命というか、近代にイギリス植民地となり一度は独立を失ったが、その際に多くの遺物を持ち去られてしまった。
その代表例が「ベニン・ブロンズ」と呼ばれる金属製の装飾板と彫像だ。銅製のものだけでなく、青銅、真鍮、その他の合金があるという。これらは、ベニンの王(オバと呼ばれる)と従者たちを表現したものとされ、13世紀頃から製作が始まったと考えられている。最盛期は15世紀のオバ・エウアレが作らせたもの。金属加工の技術の高さと、独特の芸術スタイルを持つ、興味深い品である。
※大英博物館の説明ページ
https://www.britishmuseum.org/about-us/british-museum-story/contested-objects-collection/benin-bronzes
これらは、かつての宗主国であるイギリスが大量に持ち出したため、主要なコレクションを大英博物館が占めるという状態になっている。上記のページによると「大英博物館には、ベニン王国の歴史的遺物900点以上が収蔵されています」とのこと。それを大英博物館が世界中に貸し出し、研究も主導しているという状態。
なのでナイジェリアに残っているものが少なく、自国で研究すら出来ない。当然ながら返還要求運動も盛んだ。
近年は特に、博物館職員が不正に持ち出して売り払っていたことまで発覚し、返還運動が加熱している。
大英博物館のずさんな管理に不信感。ナイジェリア政府が美術品の返還を再要請
https://artnewsjapan.com/article/1478
ドイツやオランダなど周辺国に流出したものは少しずつ返されているようなのだが、イギリスは頑として拒否している。これは、ナイジェリフの象徴であるベニン・ブロンズ一式を返還すると、エルギン・マーブルやロゼッタ・ストーンなど、他の植民地から持ち帰った品に片っ端から波及するのではないかと恐れているからだろう。
逆に言えば、この、世界的にあまり知名度が高いとは言えない品の今後の動向が、大英博物館の「かつての植民地から持ち出した遺物に対する今後のポリシー」を指針付けるものになるのでは、という気もしている。