ツタンカーメンは両親に嫌われていた? とある本で読んだ説が怖すぎた
売上に貢献する気はないのでタイトルは書かないが、あまぞんで適当にポチって読んでいた海外出版の電子本で怖い説を読んだ。
「ツタンカーメンはアクエンアテンの息子とされるが、一度も公式な碑文に出てきていない。それは容姿が美しくなく、不具があったからだ」というもの。また、彼が父の宗教であるアテン信仰を捨てたのは、両親に冷遇されたがゆえである、というものである。
なんだこの、週刊誌の妄想ばりのドロドロ家族ドラマ…w
3000年以上も昔の、ほとんど資料も無いような時代の家族に対して、よくもまあそこまで想像力逞しく下世話な想像が出来るもんだなと思った。そしてこの本が小説とか一般向けの本ではなく専門書として、つまりは学術書カテゴリで出ているのにも驚いた。アリなんだそれ…??
説として支持する気はないし、妥当性があるなし以前の問題だと思う。ただ、この説の前提となっている「仮定」については考察しておく価値があると思った。その「仮定」の部分こそが、現在、ツタンカーメンに対して流布している誤解でもあったからだ。
■ツタンカーメンの両親は誰なのか、という問題
かつて行われたDNAの解析から、日本では、まるでアクエンアテンが父親であることが確定しているように書いている本が多い。が、この調査には多くの嫌疑があり、必ずしも確定しているものではない。
アクエンアテンとされた骨(既にミイラではなくなって骨しか残っていない)は、アクエンアテンだとすると若すぎる。また、解析が行われた時点では今ほど古代人のDNA分析が行われておらず、技術や知見が不足しているところがあった。
そのため、この結果を何の疑問もなく受け入れているのは、新しい技術についていけない古参の学者などに限られる。そして、その人たちがだいたい大御所と呼ばれる層なので、目立っているだろう。さすがに、あれを丸ごと受け入れるのは思考放棄に近い。
「古代エジプト人の全ゲノム特定」の論文が意味するところ/古代人のゲノム研究はカバレッジが低いという前提について
https://55096962.seesaa.net/article/516732615.html
アクエンアテン王かもしれない、とされたミイラ、生前の顔が復元される。
https://55096962.seesaa.net/article/202103article_23.html
今回読んだ本では、ツタンカーメンの両親は実際にはアクエンアテンとネフェルティティであり、そうでなければ王位は継げないだろうと書かれていた。
もしもツタンカーメンの両親が王と第一王妃だったのなら、彼らのたくさんの娘たちとともに碑文に出てこなければおかしなことになる。娘たちについては、早世した子も含めほとんどが姿を描かれているのだから。

となると、描かれていない理由をひねり出さなければならない。
その「理由」というのが、「醜い子だったので両親にら愛されなかった」なのだ。まあぶっちゃけ、そんなメロドラマみたいな理由ひねり出さなくても、素直に「母親が身分の低い女性だったから」と考えればいいだけなのだが。
■ツタンカーメンはブサイク、という風潮
次に、ツタンカーメンがブサイク、あるいは不具だった、という点について。
ツタンカーメンのミイラからの復顔は何度か行われているが、突出してブサイクになったのは2014年からである。まあ言葉で説明すめるよりは実際に見てもらえば分かると思う。
ツタンカーメン複顔図 Before/After
https://55096962.seesaa.net/article/201410article_21.html

この2014年の顔を根拠に「出っ歯で美しくなかったため公式記録として描かれることが無かったのだろう」という。
それを根拠にするのは古代のミイラ相手に、復顔が完全に正しいかも不明だし、古代人の美醜の感覚も不明だし、この復顔は特別にブサイクに見える角度や雰囲気にしているだけでやや悪意すら感じられる。
これを根拠にするのはなあ…というのがある。
また、体に生まれつきの不具があった、というのは、足の不具合のことだ。こちらは、もしかしたら事実だった可能性はある。
ただし確定ではなく、以下のように反論もある。生来足が悪かったのではなく、青年期に至るまでのどこかの時点で足に怪我をした、とかはあるかもしれない。
・ミイラの分析をした際に、片足の指の骨が変形しているのが見つかった。生前に歩行困難だった可能性あり
→ただ、ミイラの保存状態が良くないうえに、発見者のカーターが黄金のサンダルを引き剥がすために無茶やってるので生前からのものと断定出来ない
・副葬品に杖が大量に入っている、生前から杖をつく生活をしていたのでは
・王妃との場面を描いたレリーフで杖を手にして立っている
→王権の象徴として使っていただけかもしれない。他の同時代の王たちの副葬品が不明なので、何とも言えない。
もし歩行困難なほど足が悪かったのなら戦車にも乗れないはずで、戦車と、戦車に乗るための防具も副葬品にあることとの整合性が取れなくなる
いずれにしても、見た目や体の不具を理由に両親が子供を嫌う、という感覚が現代的だし、見た目などより血統を重視する古代王朝の感覚とは乖離している。そもそも古代エジプトにおいて、すべての王は記録上では「容姿端麗」と表現され、王の子の肉体は神が作るものとされていたので、不備のある子が生まれるはずもないという思想になっている。
何か問題があったなら王位は継げない。王になれたということは、現代人が気を回すような致命的な問題は無かったのだろう。
ツタンカーメンの家族には、このようなゴシップネタに近い論説がやたら多い。学術界でさえもそうだ。
何年か前まで騒いでいた説に、ツタンカーメンの墓はネフェルティティの墓を改造したもので、奥にもうひとつ墓がある。などという話すらある。どう見ても根拠が薄いにも関わらず考古庁は異論の声を封じ、何年も引っ張り、墓の壁にドリルで穴を開けようとさえしていた。もしも外野が真剣に止めなかったら、そして別のチームに再調査をさせていなかったら、ツタンカーメン墓の壁にはドリルで穴が開けられて二度と元に戻せなくなっていただろう。
相変わらず続報が出ません!ツタンカーメンの墓に隠し部屋はあるのか論争の最終結論
https://55096962.seesaa.net/article/201804article_1.html
【最終結論】ツタンカーメンの墓に隠し部屋は、ありませんでした。
https://55096962.seesaa.net/article/201805article_7.html
そして、このような本が出版され、売れている(というか、あまぞんでそこそこ売れていたから目にとまったわけだが)という事実からして、一般人も、エジプトマニアと言われる人たちも、こうした下世話な空想を面白がり、ある意味で望んでいるのだと思う。
果たしてそれはいいことなのか。
ツタンカーメンにしろ、その家族にしろ、古代人とはいえ、過去に生きた実在の人間である。
これは歴史上の人物全般に言えることだが、他者に対する最低限の敬意は忘れないようにしてほしい。ゴシップめいた解釈で好き勝手言うのはさすがにどうかと思う。
こういうの面白いと思ってしまう人間の邪悪な面は認識した上で、自分はそっち側に踏み込みすぎないよう、常に自戒していきたい…。
「ツタンカーメンはアクエンアテンの息子とされるが、一度も公式な碑文に出てきていない。それは容姿が美しくなく、不具があったからだ」というもの。また、彼が父の宗教であるアテン信仰を捨てたのは、両親に冷遇されたがゆえである、というものである。
なんだこの、週刊誌の妄想ばりのドロドロ家族ドラマ…w
3000年以上も昔の、ほとんど資料も無いような時代の家族に対して、よくもまあそこまで想像力逞しく下世話な想像が出来るもんだなと思った。そしてこの本が小説とか一般向けの本ではなく専門書として、つまりは学術書カテゴリで出ているのにも驚いた。アリなんだそれ…??
説として支持する気はないし、妥当性があるなし以前の問題だと思う。ただ、この説の前提となっている「仮定」については考察しておく価値があると思った。その「仮定」の部分こそが、現在、ツタンカーメンに対して流布している誤解でもあったからだ。
■ツタンカーメンの両親は誰なのか、という問題
かつて行われたDNAの解析から、日本では、まるでアクエンアテンが父親であることが確定しているように書いている本が多い。が、この調査には多くの嫌疑があり、必ずしも確定しているものではない。
アクエンアテンとされた骨(既にミイラではなくなって骨しか残っていない)は、アクエンアテンだとすると若すぎる。また、解析が行われた時点では今ほど古代人のDNA分析が行われておらず、技術や知見が不足しているところがあった。
そのため、この結果を何の疑問もなく受け入れているのは、新しい技術についていけない古参の学者などに限られる。そして、その人たちがだいたい大御所と呼ばれる層なので、目立っているだろう。さすがに、あれを丸ごと受け入れるのは思考放棄に近い。
「古代エジプト人の全ゲノム特定」の論文が意味するところ/古代人のゲノム研究はカバレッジが低いという前提について
https://55096962.seesaa.net/article/516732615.html
アクエンアテン王かもしれない、とされたミイラ、生前の顔が復元される。
https://55096962.seesaa.net/article/202103article_23.html
今回読んだ本では、ツタンカーメンの両親は実際にはアクエンアテンとネフェルティティであり、そうでなければ王位は継げないだろうと書かれていた。
もしもツタンカーメンの両親が王と第一王妃だったのなら、彼らのたくさんの娘たちとともに碑文に出てこなければおかしなことになる。娘たちについては、早世した子も含めほとんどが姿を描かれているのだから。
となると、描かれていない理由をひねり出さなければならない。
その「理由」というのが、「醜い子だったので両親にら愛されなかった」なのだ。まあぶっちゃけ、そんなメロドラマみたいな理由ひねり出さなくても、素直に「母親が身分の低い女性だったから」と考えればいいだけなのだが。
■ツタンカーメンはブサイク、という風潮
次に、ツタンカーメンがブサイク、あるいは不具だった、という点について。
ツタンカーメンのミイラからの復顔は何度か行われているが、突出してブサイクになったのは2014年からである。まあ言葉で説明すめるよりは実際に見てもらえば分かると思う。
ツタンカーメン複顔図 Before/After
https://55096962.seesaa.net/article/201410article_21.html
この2014年の顔を根拠に「出っ歯で美しくなかったため公式記録として描かれることが無かったのだろう」という。
それを根拠にするのは古代のミイラ相手に、復顔が完全に正しいかも不明だし、古代人の美醜の感覚も不明だし、この復顔は特別にブサイクに見える角度や雰囲気にしているだけでやや悪意すら感じられる。
これを根拠にするのはなあ…というのがある。
また、体に生まれつきの不具があった、というのは、足の不具合のことだ。こちらは、もしかしたら事実だった可能性はある。
ただし確定ではなく、以下のように反論もある。生来足が悪かったのではなく、青年期に至るまでのどこかの時点で足に怪我をした、とかはあるかもしれない。
・ミイラの分析をした際に、片足の指の骨が変形しているのが見つかった。生前に歩行困難だった可能性あり
→ただ、ミイラの保存状態が良くないうえに、発見者のカーターが黄金のサンダルを引き剥がすために無茶やってるので生前からのものと断定出来ない
・副葬品に杖が大量に入っている、生前から杖をつく生活をしていたのでは
・王妃との場面を描いたレリーフで杖を手にして立っている
→王権の象徴として使っていただけかもしれない。他の同時代の王たちの副葬品が不明なので、何とも言えない。
もし歩行困難なほど足が悪かったのなら戦車にも乗れないはずで、戦車と、戦車に乗るための防具も副葬品にあることとの整合性が取れなくなる
いずれにしても、見た目や体の不具を理由に両親が子供を嫌う、という感覚が現代的だし、見た目などより血統を重視する古代王朝の感覚とは乖離している。そもそも古代エジプトにおいて、すべての王は記録上では「容姿端麗」と表現され、王の子の肉体は神が作るものとされていたので、不備のある子が生まれるはずもないという思想になっている。
何か問題があったなら王位は継げない。王になれたということは、現代人が気を回すような致命的な問題は無かったのだろう。
ツタンカーメンの家族には、このようなゴシップネタに近い論説がやたら多い。学術界でさえもそうだ。
何年か前まで騒いでいた説に、ツタンカーメンの墓はネフェルティティの墓を改造したもので、奥にもうひとつ墓がある。などという話すらある。どう見ても根拠が薄いにも関わらず考古庁は異論の声を封じ、何年も引っ張り、墓の壁にドリルで穴を開けようとさえしていた。もしも外野が真剣に止めなかったら、そして別のチームに再調査をさせていなかったら、ツタンカーメン墓の壁にはドリルで穴が開けられて二度と元に戻せなくなっていただろう。
相変わらず続報が出ません!ツタンカーメンの墓に隠し部屋はあるのか論争の最終結論
https://55096962.seesaa.net/article/201804article_1.html
【最終結論】ツタンカーメンの墓に隠し部屋は、ありませんでした。
https://55096962.seesaa.net/article/201805article_7.html
そして、このような本が出版され、売れている(というか、あまぞんでそこそこ売れていたから目にとまったわけだが)という事実からして、一般人も、エジプトマニアと言われる人たちも、こうした下世話な空想を面白がり、ある意味で望んでいるのだと思う。
果たしてそれはいいことなのか。
ツタンカーメンにしろ、その家族にしろ、古代人とはいえ、過去に生きた実在の人間である。
これは歴史上の人物全般に言えることだが、他者に対する最低限の敬意は忘れないようにしてほしい。ゴシップめいた解釈で好き勝手言うのはさすがにどうかと思う。
こういうの面白いと思ってしまう人間の邪悪な面は認識した上で、自分はそっち側に踏み込みすぎないよう、常に自戒していきたい…。