ラメセス2世の死後まで生き残ってた「長女」ビントアナト、この一族やっぱ長生きすぎるのでは…?
ラメセス2世には、皇太子時代に結婚したと思われる最古参の王妃が二人いたことが知られている。
一人は美しい墓で知られる「ネフェルタリ」、もう一人は公式記録にあまり姿を見せない「イシスネフェルト」。
意外かもしれないが、ネフェルタリの産んだ子どもたちは全員、ラメセス2世の治世中に父に先立つようにして死亡している。王位を継ぐのはイシスネフェルトの息子である大13王子メルエンプタハ。
で、メルエンプタハと同腹の子供たちって他どうなってるんだっけーと思って調べていたり、一人、同腹でメルエンプタハ死後も生きていた王女が見つかった…。
ラメセス2世の長女、違法の女神アナトのナを持つビントアナト王女。メルエンプタハの「姉」だ。

下の段のいばん左端、若年として描かれているのがのちのファラオ、メルエンプタハで、その右隣の大きめに描かれているのがビントアナト。上段には父ラメセス2世と母イシスネフェルトがいるので、これが同腹の兄弟姉妹のセットなのだろう。
ビントアナトはラメセス2世の治世3年時点で記念碑に名前が登場しているため、その時点で赤ん坊ではなく一定の年齢に達していたとされる。
メルエンプタハの誕生した時期からしても、父が皇太子の時期に生まれていたのは確実で、父の死亡時には60歳を少し越えるだったはずだ。
で、ラメセス2世の次のメルエンプタハの在位中に死亡しているので、死亡時の年齢はおそらく70歳の手前くらい。
古代世界ではかなりの長寿である…。
彼女の墓は王妃の谷のQV71。レプシウスの振った墓番号ではNo.4となっている。
この時代のほかの女性王族たちと同じく、自分の主張や個人的な記録は残していないため、どのような人物だったのかはよく分からないが、最初の王妃たちの死後には、いわゆるファーストレディの役割をしていたらしい。父に付き添って、王妃の成すべき祭事などを切り盛りしていたようだし、パワフルなロイヤルレディだったんだろうなと。
長く続いた繁栄の時代を享受し、永遠に続くかに思われた太陽王の治世が沈むところを見届け、もしかしたら「海の民」の襲来も目撃していたかもしれない彼女は、時代の変わり目を生きた女性だったと言えるかもしれない。
*****
主要な王子の生誕年/死亡年の年表(だいたいの目安)はいかに作成した。補任が長生きしすぎて来どもたちに次々先立たれてはいるものの、何人かは生き残っているし、そもそも全般的に古代世界では寿命が長い。
王族だから栄養状態が良かったとかもあるのだろうが、根本的に肉体がパワフルな一族だったのではないだろうか…。
ラメセス2世の即位年と4人の皇太子:ド平民が伝説の王になるまで
https://55096962.seesaa.net/article/517806570.html
一人は美しい墓で知られる「ネフェルタリ」、もう一人は公式記録にあまり姿を見せない「イシスネフェルト」。
意外かもしれないが、ネフェルタリの産んだ子どもたちは全員、ラメセス2世の治世中に父に先立つようにして死亡している。王位を継ぐのはイシスネフェルトの息子である大13王子メルエンプタハ。
で、メルエンプタハと同腹の子供たちって他どうなってるんだっけーと思って調べていたり、一人、同腹でメルエンプタハ死後も生きていた王女が見つかった…。
ラメセス2世の長女、違法の女神アナトのナを持つビントアナト王女。メルエンプタハの「姉」だ。
下の段のいばん左端、若年として描かれているのがのちのファラオ、メルエンプタハで、その右隣の大きめに描かれているのがビントアナト。上段には父ラメセス2世と母イシスネフェルトがいるので、これが同腹の兄弟姉妹のセットなのだろう。
ビントアナトはラメセス2世の治世3年時点で記念碑に名前が登場しているため、その時点で赤ん坊ではなく一定の年齢に達していたとされる。
メルエンプタハの誕生した時期からしても、父が皇太子の時期に生まれていたのは確実で、父の死亡時には60歳を少し越えるだったはずだ。
で、ラメセス2世の次のメルエンプタハの在位中に死亡しているので、死亡時の年齢はおそらく70歳の手前くらい。
古代世界ではかなりの長寿である…。
彼女の墓は王妃の谷のQV71。レプシウスの振った墓番号ではNo.4となっている。
この時代のほかの女性王族たちと同じく、自分の主張や個人的な記録は残していないため、どのような人物だったのかはよく分からないが、最初の王妃たちの死後には、いわゆるファーストレディの役割をしていたらしい。父に付き添って、王妃の成すべき祭事などを切り盛りしていたようだし、パワフルなロイヤルレディだったんだろうなと。
長く続いた繁栄の時代を享受し、永遠に続くかに思われた太陽王の治世が沈むところを見届け、もしかしたら「海の民」の襲来も目撃していたかもしれない彼女は、時代の変わり目を生きた女性だったと言えるかもしれない。
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主要な王子の生誕年/死亡年の年表(だいたいの目安)はいかに作成した。補任が長生きしすぎて来どもたちに次々先立たれてはいるものの、何人かは生き残っているし、そもそも全般的に古代世界では寿命が長い。
王族だから栄養状態が良かったとかもあるのだろうが、根本的に肉体がパワフルな一族だったのではないだろうか…。
ラメセス2世の即位年と4人の皇太子:ド平民が伝説の王になるまで
https://55096962.seesaa.net/article/517806570.html