ラメセス2世の「姉」ティアの墓について調べてみた。

ラメセス2世には、少なくとも一人、姉がいた。ティアという女性で、夫は王家の書記官をしていた一般人。
弟と同じく、第18王朝さいごの王ホルエムヘブの時代に誕生している。彼らの祖父はホルエムヘブの養子であり、実子の居なかったホルエムヘブが庶民出の養子に王位を譲って始まったのが第19王朝。すなわち、ラメセス2世や姉のティアは、庶民の家に生まれたのに、祖父が王位を継いだことでいきなり王家の一員になったことになる。

※そのあたりの話は以前書いた

「神の子」と主張出来なかった第19王朝創始ファラオたち、ラメセス2世はいかにして「王権の正当性」を主張したか
https://55096962.seesaa.net/article/517702030.html

そのティアの墓がメンフィスに近いサッカラにあるのだが、「王族なので特権を認められ歴史あるこの地域に墓を作ることが許された」的な記述を読んだので、ほう、どんな一等地ですかねえと調べにいってきた。

見てみるとホルエムヘブが王になる前に作っていた墓のすぐ隣で、「庶民の中では最上位のロケーション」、「王家に貢献した最も常用な家臣のための墓の作り方してる」ので、これは納得。まあ…あのラメセス2世のお姉ちゃん夫婦と娘二人の墓だもんなあ…そりゃ、このくらいのグレードは必要っすね…。
(下の復元図の真ん中がティアと家族の墓)

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奥の方に小さいピラミッドがくっついているが、これは新王国時代の貴族・貴人の墓のトレンドで、小さいピラミッドはシンボル的な使い方をしている。この中とか真下に墓を作るわけではなく、あくまで飾りのようなものになる。
ピラミッドに神殿風の前庭や礼拝所をつけて、地下の縦穴に埋葬するというやり方になる。

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場所が特定されたのが1975年で、そこから発掘を開始したという記録が残っていた。
JSTORなどで「The Tomb of Tia and Tia: Preliminary Report on the Saqqâra Excavations」で検索すると歴代の報告書が出てくる。

発掘報告書を流し読みしてみたが、「技術力が高く設計も手が込んでいるので、王家直属の石工を派遣したのでは。」というのはなるほどと思った。ラメセス2世は建築王とも呼ばれるくらい、ぽこぽこ記念碑つくりまくった王様なので、専属の石工はかなりの数を抱えていたと思われる。お姉ちゃんのお墓に人出すくらい造作もないわな。

なお墓の入口には、ででーんとラメセス2世自身のレリーフが掘られていたらしい。そういうとこ…マジラメセス…。

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ただし、石材の大半はコプト時代に転用されてしまったらしく、残りは良くないという。報告も、完全な修復はムリなので無事なレリーフの保存修復だけするよという内容になっていた。副葬品などもほぼ盗掘済み、石の棺も壊されて破片だけ博物館にあるとかいう状態のようなので、本人たちのミイラが今後どこかから出てくる可能性は低いのだろう。


彼女がラメセス2世の治世のいつ頃まで存命していたのかは分からなかったが、少なくとも、ティア一家が王の身内として厚遇されていた雰囲気は読み取れた。あとサッカラって当時の庶民の墓としては一等地だったんだなっていうのを実感出来たし、たぶん墓に小型ピラミッドつけるのは、ものすごく重要なステータスシンボルだったんだろうと思う。ピラミッド付けられるのは殿上人のみぞ。くらいのノリで。