チャドの「砂漠の岩絵」、描き方はアルジェリアと同じなのに画風が違う。人の絵にはいつから「画風」が誕生するのか

メルマガでなんとなく流し見していた記事に、チャドの砂漠の岩絵の話が出てきて、ほう? と思いながら記事を読んでみた。
チャドの岩絵の話である。年代は、1万年前~5,500年前くらいらしい。まさにグリーンサハラの時代で、サハラ周辺に多くの岩絵が残された時代になる。

The Sahara Desert Hasn’t Always Been a Dry, Desolate Landscape. Some Scientists See Signs It May Be Greening Again
https://www.smithsonianmag.com/science-nature/sahara-desert-hasnt-always-been-dry-desolate-landscape-some-scientists-see-signs-greening-again-180988098/

旅行好きとかでもなければピンと来ないかと思うが、リビアのすぐ南の国、地図でいうとエジプトの左下である。
そしてここには、サハラが緑だった時代に巨大な湖だった今もチャド湖が、縮小しつつ今も残っている。

少し前に「かつてナイル側には二種類のワニがいたことが最近判明した」という記事を書いたが、その二種類のうち、ナイルワニではないほう、西アフリカワニが今も生き残っている場所がチャド湖である。

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あまり知られていない、というか今から調査するらしいのだが、チャドには多くの「砂漠の岩絵」があるという。
ちょうどお正月休みでアルジェリアの砂漠の岩絵を見てきたのだが、アルジェリアとはずいぶん雰囲気が違う。描き方は同じだし、選んでいる題材は全く同じで野生動物と人物なのだが、「画風」とでもいうか…同じ牛を描くにしても描き方が違うというか…。

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牛の体にグルグルを描く描き方は、アルジェリアのティン・タガートの遺跡でも見た。が、牛こんなに四角くなかったし、グルグルの描き方も違う。

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これは線刻画ではなくペイントの絵。
人間の上半身が三角形で、足がむっちりしていたり、人間の頭が丸く描かれるのはタッシリ・ナジェールではよく見かける画法。でも顔に当たる部分を白い余白にしているものは見かけたことがない。ズボンっぽい描写があるのも気になるし、こちらもなんか牛が四角い。
なんだろう、この画風の違い…。明らかに雰囲気が違う。

ここで湧いてきた疑問は、「人間が”画風”や"○○様式"のような文化の系譜を生み出したのは、いつからだったのか」ということだ。

現代のイラストなどを思い浮かべてほしい。時代ごとに流行りの画風というものはある。
アニメ絵なら、70年代90年代と現在では明らかに流行りの絵が異なり、絵を見れば時代が分かる。それが、ここでいう「画風」とか「様式」だ。

アルジェリアやチャドの岩絵の場合、これらは、王や貴族が命じたとか、工房に属する職人たちが師匠に指定された様式に従うとかではなく、自発的に、その地域ごとの小集団の中で継承されたもののはずだ。
つまりは、絵を描く人たちがお互いの描いたものを見て真似しあったり、誰かに描き方を教わったりして自然に発生しているのだ。
交流があったとか、移動範囲に他人の絵があったとかではないため、狭い地域内でしか同じ様式の絵が見られないというのは納得できる。

そして、「あいつの絵のほうがカッコいいな、よし真似しよう」とか「兄ちゃんに絵の描き方教わったから同じ描き方になったよ」とかいうものは、それ自体が「文化」であり「伝統」の一部と言ってもいい活動になる。


人間が絵を描くようになったのは、最古の岩絵などからして10万年近く前まで遡るのではないかとも考えられる。ただ、その初期から、絵を描くことに対する「文化」「伝統」があったとは考えにくい。各々が好き勝手に絵を描いて、お互いを参照することもなく、同じ描き方を続けるわけでもなかったとしたら、それは「文化」ではないからだ。
言い換えると、オラウータンがクレヨンを弄んでなんとなく線を描いているのと、線の描き方を集団内で継承するのとは全く異なる段階にある。

その、両者の決定的な違いとなる段階がどこだったのかを知りたいと思った。
互いの絵を参照して、絵を描く人たちが共通概念を持ち始めた時、「絵を描く」行為は、ただの感情の発露や手慰みではなく集団の「文化」になる。それって、いつだ…? いつから人間は絵を描くことを「文化」の段階まで高めたのか…?

石器の作り方や狩りの仕方なども、「文化」「伝統」として継承される技能ではあるが、生存に直結しない絵についてもそれらと同じように継承されるようになる段階があったのなら、その時こそ人間が、動物のヒトから「人間」に変わった区切りのような気がする。

少なくとも、集団内で他者の絵を参照する行為が必要なので、多分これって人間が「社会」を持ち始めた段階と連動してるんじゃないかな…。とか、思うのだ。