バーレーンでディルムンの王墓発見!のニュース→墓自体は町中にあるし新発見ではないよ…調査が追いついてないだけで…

数日前にこういうニュースが出ていた。(元は共同通信の報道らしい)
が、この書き方だと勘違いされるだろ…。と思ったので、勝手に補足しておこうと思う。

中東の謎の古代文明、王墓発見 日本の研究グループ報告
https://news.livedoor.com/article/detail/30814917/

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まずバーレーンにある「アアリ古墳群」は街のど真ん中にあり、というより古墳の間に街が作られており、古墳自体は発見するも何も全部目の前にある。

ちょうど記事内にある21日の発表会を聞いてたのだが、当日のレジュメに載ってた写真がこれ。
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このでっかい土盛りみたいなのが古墳。写真に写っているのは特別に大きな古墳で、これ以外にも小さな古墳が7万5千基あると言われている。あの狭いバーレーンに、である。

なので発掘が追いつかないというか、街がどんどん伸張していってるので早く掘らないと価値のない墓は壊されちゃう、という状況。
高さが50mいくような大きなものは数十しかなく、大きいほど地位の高い人のものだろうから王墓だろう、というのは以前から言われており、実際に王名が見つかったものもある。

しかし、最大規模のものは数が少なく、それだけで歴代の王墓を賄うには数が少ない。そこで、墓は時代を追うごとにだんだん大きくなっていっただけで、初期のものはもっと小さかったのでは? 小さいけれど周壁を伴う特別な作り方をしてる古墳も実は王墓だったりしない? という仮説を立て、周壁を持つ古墳を掘ってみた。というのが今回の話に繋がっている。

今年はバーレーンのパートは冒頭部分までしか聞けなかったのだが、去年の発表で「来年本命の古墳を掘ります」と言っていたので、その本命がアタリだったということだろう。
そして、小型の古墳を掘ってそれが初期の王墓だったのなら、仮説どおり、巨大化する前の王墓は比較的控えめなサイズで、周壁を作るなど手間をかけることで差別化を図っていたということになる。


とはいえ、これまでの報告からしても、ほとんどの古墳は盗掘跡だけで何も見つからない空振りが多い。「ほとんど何も出てきませんでした」な報告の年もあったので、アタリだけ報道されても経緯も何もわからんだろうなあ…。

とりあえず、興味ある人はこれまでの発掘報告会のレジュメ履歴を追ってみるといいと思う。
↓ここから辿れる
http://jswaa.org/meetings_all/session/