カルナック神殿の塔門修復作業中にティベリウス帝の石碑を発見。ローマ皇帝の献納品とは面白い
エジプト中部、ルクソールにあカルナック大神殿のラメセス3世時代に作られた塔門を修復していたら、ローマのティベリウス帝の献納した石碑(ステラ)が見つかったらしい。ティベリウス帝はちょうどエジプトがローマ支配下に入った時のローマ皇帝なので、エジプトが属州となった直後の時代に献納したのだと思われる。
ただ、このステラ、ローマの皇帝がエジプトのファラオとして描かれており、カルナック神殿の主であるアメン神、およびその妻子であるムト女神・コンス神と対面している図像なので、エジプトを支配下に置いたとはいえ、いきなりローマ様式に塗り替えようとはせず、エジプトの伝統や地域文化を尊重している慎重な態度が伺える。

Restoration of Ramses III gateway completed at Karnak, Roman-era stela discovered
https://english.ahram.org.eg/NewsContent/9/40/564381/Antiquities/Ancient-Egypt/Restoration-of-Ramses-III-gateway-completed-at-Kar.aspx
出土場所はちょっとよくわからなかったのだが、第19王朝時代に作られたのは第二塔門のはずであり、記事中に第三塔門との間と書かれているので、たぶん聖船の祠堂あたりかな…。
カルナック神殿には、ローマ支配時代に隣接するように兵士の駐屯基地が作られていたので、それなりにローマ人もいたのだろうし、政治的な意図をもってカルナック神殿に奉納していたのだろうと思う。
また、エジプトの伝統的なコプト暦ではローマ皇帝もファラオとしてカウントしていたのだが、このティベリウス帝が、記念すべき「ローマのファラオ」一人目になるはずだ。つまりファラオとして石碑を奉納するのは歴代ファラオの役割なので、形式的にでもやらなければならなかった儀式なのだろう。
その意味でも面白い発見だと思う。
もしかしたら、他にも歴代ローマン・ファラオのステラもどこかに埋まってたりするのかしらん。カルナック神殿、広大すぎていまだに色々出てくるからなあ。
ただ、このステラ、ローマの皇帝がエジプトのファラオとして描かれており、カルナック神殿の主であるアメン神、およびその妻子であるムト女神・コンス神と対面している図像なので、エジプトを支配下に置いたとはいえ、いきなりローマ様式に塗り替えようとはせず、エジプトの伝統や地域文化を尊重している慎重な態度が伺える。
Restoration of Ramses III gateway completed at Karnak, Roman-era stela discovered
https://english.ahram.org.eg/NewsContent/9/40/564381/Antiquities/Ancient-Egypt/Restoration-of-Ramses-III-gateway-completed-at-Kar.aspx
出土場所はちょっとよくわからなかったのだが、第19王朝時代に作られたのは第二塔門のはずであり、記事中に第三塔門との間と書かれているので、たぶん聖船の祠堂あたりかな…。
カルナック神殿には、ローマ支配時代に隣接するように兵士の駐屯基地が作られていたので、それなりにローマ人もいたのだろうし、政治的な意図をもってカルナック神殿に奉納していたのだろうと思う。
また、エジプトの伝統的なコプト暦ではローマ皇帝もファラオとしてカウントしていたのだが、このティベリウス帝が、記念すべき「ローマのファラオ」一人目になるはずだ。つまりファラオとして石碑を奉納するのは歴代ファラオの役割なので、形式的にでもやらなければならなかった儀式なのだろう。
その意味でも面白い発見だと思う。
もしかしたら、他にも歴代ローマン・ファラオのステラもどこかに埋まってたりするのかしらん。カルナック神殿、広大すぎていまだに色々出てくるからなあ。