セト神と鉄の関係:「鉄は外来のものなのでセトと結びつけられた」という説の裏取りをしに行ってきた
まず前提として、古代エジプトが鉄器時代に入るのは紀元前1,000年ごろから後である。
鉄器自体は隕鉄として先王朝時代から使用していた形跡があるが、人工的に鉄鉱石から鉄を作り始め、その鉄器が一般的になりはじめるのが紀元前1,000年頃、という意味である。
ちなみに鉄器の製造技術がヒッタイト帝国の崩壊とともに流出したというのは古い説で、実際には鉄器は、ヒッタイト崩壊後しばらく経ってから東地中海で一般的になる。
製造方法もヒッタイトが作っていたのとは違いそう、というところも見えてきている。
※そのへんの話は、最近一般向けで手に取りやすい本が出た

ヒッタイト帝国 「鉄の王国」の実像 (PHP新書) - 津本 英利
しかし、どうも古代エジプト人、鉄はあまり積極的に取り入れた形跡がない。
ギリシャ人入植者が製鉄を始めるまで、明確な製鉄の遺跡が出ておらず、限定的な使用に留まっていたようだ。つまり鉄器時代に入っても、引き続き青銅の重要性が高いままだったということだ。
これは初期の鉄器の強度や品質が安定しなかったのが原因だったかもしれないし、エジプトでは鉄より銅の方が手に入れやすかったからかもしれない。または、色的に黄金色に輝く青銅のほうが好みだったからかもしれない。
で、これについて、「鉄はセト神に結びつけられており、不吉な扱いだったのでは」という説を見つけて、「ん?」となったのが今回調べてみようと思ったきっかけである。
隕鉄意外の製鉄技術はエジプトにとっては外来のものなので、異国の守護者であるセトの守護下に置かれたのでは…。という話だったのが、まず鉄とセト神が結びつけられていたというソースが思いつかなかった、
強いていうなら、「隕鉄」は工芸神であり、金属加工の神でもあるプタハ神の領域として知られる。「空から来る金属」=隕鉄は、プタハ神によってもたらされるものとされ、プタハ神殿に奉納されていた形跡があるからだ。
単語としても bi-A-n-pt 、ptが「天」なので、「天から来たる」を抜いた地上の鉄はこの単語では表せない。別の単語があるのでは、と探してみたのだが、どうも出てこない…。そもそも「鉄」を意味する単語がはっきりしないらしい。
で、鉄器時代に入って以降の話ならギリシャ語資料っぽいなー、とアタリをつけて探してみたところ、出どころらしきものが見つかった。
プルタルコスの「エジプト神 イシスとオシリスの伝説について」だ。
ここで「天然磁石はホルスの骨、鉄はセトの骨だとマネトーが書いている」と孫引きした部分がある。
ちなみにマネトーが生きていたのはプトレマイオス朝初期の紀元前3世紀、プルタルコスが活動していたのが紀元後1世紀。ここまで数百年経っている。元々のマネトーの書いたものが現存しないので、それ以上の詳細が分からない。

エジプト神イシスとオシリスの伝説について (岩波文庫 青664-5) - プルタルコス, 柳沼 重剛

プルタルコスはエジプトの神々をギリシャの神々の別名、または共通する神格として扱っており、セトのことはテュポンと呼んでいる。ここで「セトの骨」と表現しているセトの前提には、混沌の化身としてのギリシャ神話のテュポンがイメージされており、ホルスとの対比になっている。
「鉄は外来のものだからセトと結びつけられた」という理由づけではなく、ホルス=磁石に相対する存在としての位置づけから来た理由に見える。
ただ、鉄を「セトの骨」としている部分は興味深い。エジプトの神々全般でいうと、「神の骨は金、肉体は銀、髪はラピスラズリ」とする神話が伝統的だからだ。
金は価値が高いだけではなく、太陽の色に輝き、腐食しない。朽ちない永遠のもの、という意味合いも持っている。
なのにセトの骨は朽ちやすい鉄。これはマネトーの生きていたプトレマイオス朝時代にセトが神として異質な扱いだったことも意味しているのかもしれない。
問題は、マネトーの著作もプルタルコスもギリシャ語で書いているので、エジプト語での鉄がどうだったのかが分からないのと、鉄器時代に入った頃の紀元前1,000年頃の情報からは時代が離れすぎているということだ。
果たして、「鉄はセトの骨」という信仰/神話はいつから存在したのか。
少なくとも新王国時代までは、鉄=天から来たるもの=プタハ神の聖なる金属、だったはずなので、どこかで概念の変更があったか、「隕鉄」と「人工鉄」が分けて考えられるようになっているはずなのだが…。
文字記録が無いものは無いのでどうしようもないのだが、微妙に空白にモヤる結果となった。
機会があれば、また別の切り口から調べてみようと思う。
鉄器自体は隕鉄として先王朝時代から使用していた形跡があるが、人工的に鉄鉱石から鉄を作り始め、その鉄器が一般的になりはじめるのが紀元前1,000年頃、という意味である。
ちなみに鉄器の製造技術がヒッタイト帝国の崩壊とともに流出したというのは古い説で、実際には鉄器は、ヒッタイト崩壊後しばらく経ってから東地中海で一般的になる。
製造方法もヒッタイトが作っていたのとは違いそう、というところも見えてきている。
※そのへんの話は、最近一般向けで手に取りやすい本が出た

ヒッタイト帝国 「鉄の王国」の実像 (PHP新書) - 津本 英利
しかし、どうも古代エジプト人、鉄はあまり積極的に取り入れた形跡がない。
ギリシャ人入植者が製鉄を始めるまで、明確な製鉄の遺跡が出ておらず、限定的な使用に留まっていたようだ。つまり鉄器時代に入っても、引き続き青銅の重要性が高いままだったということだ。
これは初期の鉄器の強度や品質が安定しなかったのが原因だったかもしれないし、エジプトでは鉄より銅の方が手に入れやすかったからかもしれない。または、色的に黄金色に輝く青銅のほうが好みだったからかもしれない。
で、これについて、「鉄はセト神に結びつけられており、不吉な扱いだったのでは」という説を見つけて、「ん?」となったのが今回調べてみようと思ったきっかけである。
隕鉄意外の製鉄技術はエジプトにとっては外来のものなので、異国の守護者であるセトの守護下に置かれたのでは…。という話だったのが、まず鉄とセト神が結びつけられていたというソースが思いつかなかった、
強いていうなら、「隕鉄」は工芸神であり、金属加工の神でもあるプタハ神の領域として知られる。「空から来る金属」=隕鉄は、プタハ神によってもたらされるものとされ、プタハ神殿に奉納されていた形跡があるからだ。
単語としても bi-A-n-pt 、ptが「天」なので、「天から来たる」を抜いた地上の鉄はこの単語では表せない。別の単語があるのでは、と探してみたのだが、どうも出てこない…。そもそも「鉄」を意味する単語がはっきりしないらしい。
で、鉄器時代に入って以降の話ならギリシャ語資料っぽいなー、とアタリをつけて探してみたところ、出どころらしきものが見つかった。
プルタルコスの「エジプト神 イシスとオシリスの伝説について」だ。
ここで「天然磁石はホルスの骨、鉄はセトの骨だとマネトーが書いている」と孫引きした部分がある。
ちなみにマネトーが生きていたのはプトレマイオス朝初期の紀元前3世紀、プルタルコスが活動していたのが紀元後1世紀。ここまで数百年経っている。元々のマネトーの書いたものが現存しないので、それ以上の詳細が分からない。

エジプト神イシスとオシリスの伝説について (岩波文庫 青664-5) - プルタルコス, 柳沼 重剛
プルタルコスはエジプトの神々をギリシャの神々の別名、または共通する神格として扱っており、セトのことはテュポンと呼んでいる。ここで「セトの骨」と表現しているセトの前提には、混沌の化身としてのギリシャ神話のテュポンがイメージされており、ホルスとの対比になっている。
「鉄は外来のものだからセトと結びつけられた」という理由づけではなく、ホルス=磁石に相対する存在としての位置づけから来た理由に見える。
ただ、鉄を「セトの骨」としている部分は興味深い。エジプトの神々全般でいうと、「神の骨は金、肉体は銀、髪はラピスラズリ」とする神話が伝統的だからだ。
金は価値が高いだけではなく、太陽の色に輝き、腐食しない。朽ちない永遠のもの、という意味合いも持っている。
なのにセトの骨は朽ちやすい鉄。これはマネトーの生きていたプトレマイオス朝時代にセトが神として異質な扱いだったことも意味しているのかもしれない。
問題は、マネトーの著作もプルタルコスもギリシャ語で書いているので、エジプト語での鉄がどうだったのかが分からないのと、鉄器時代に入った頃の紀元前1,000年頃の情報からは時代が離れすぎているということだ。
果たして、「鉄はセトの骨」という信仰/神話はいつから存在したのか。
少なくとも新王国時代までは、鉄=天から来たるもの=プタハ神の聖なる金属、だったはずなので、どこかで概念の変更があったか、「隕鉄」と「人工鉄」が分けて考えられるようになっているはずなのだが…。
文字記録が無いものは無いのでどうしようもないのだが、微妙に空白にモヤる結果となった。
機会があれば、また別の切り口から調べてみようと思う。