人間と猫の共存関係は「麦作+ネズミ対策」、だが日本では圧倒的に「養蚕」との組み合わせ。猫神についての覚え書き
春なので北のほうの花の名所めぐりでもすんべかと、信夫山というところにハイキングに行ってきた。そんなに標高はない市街地の山なので、液から徒歩で登れる程度の場所だ。
で、地図を見てたら山の中に「ねこ稲荷」なるものがあった。
猫…なのに稲荷…とは…??
猫の神社自体はそんなに珍しくない。うちの田舎のほうにもあった。だが、「猫神」と「稲荷」の組み合わせは初見だ。
というわけで、ついでに立ち寄ってみた。
羽黒神社への参道の途中、何軒かの民家がある場所の古民家の奥にその小さなお社はあった。


由来を見ると、もともとは「人を化かす狐が改心して稲荷になった」が正解のようだ。で、「改心後は人を化かしたりはせず、ネズミを取ってくれるようになった」ことから「ネズミとるなら猫だろ」に転嫁した…っぽい。
つまり「稲荷」のほうが本体で、「猫」はなんで猫になったのかよくわからんという感じ。
結局、本体は狐なんだよなあ…。

ただ、面白いことにこの由来、養蚕が盛んだった土地でよく見られるもののようなのだ。「お蚕様」の天敵はネズミ。そのネズミを取ってくれる猫は、養蚕の盛んな土地では大事にされてきたらしい。
これは、後日軽く祭神の由来などを調べてみて知った。実際、ねこ神社の来歴の看板にも養蚕についての記述がある。
ここに社を建てた当時の人たちにとっては、ネズミを取ってくれるなら猫でもキツネでも有難い存在だったということか。
しかし「養蚕と猫」の関係、これは、エジプトを中心に西アジアでの猫と人との関わりの歴史を追ってきた自分にとっては、かなり目からウロコな発見でもあった。
西アジアでの「猫」は明らかに麦作と関連していて、麦の貯蔵庫にたかるネズミを狙って人の集落に近づいた猫が飼い猫の起源と考えられている。農耕の開始時期から次第に人慣れしていき、やがて家畜化されてイエネコとなり、人の役に立つ動物として各地に広まって行った、というのが一般的な説だ。
もちろん麦だけでなくコメやその他の穀物もネズミに狙われるから、農耕と猫は切っても切れない関係にある。
なので、日本でも穀物を狙うネズミを狙う意味で大事にされてきたのだと思っていたのだが、まさか養蚕との関係が深いとは…。
カイコが日本に伝わってきたのは早ければ弥生時代だとされる。イエネコが大陸から入ってきたのもその頃なので、もしかして最初から養蚕との関係があったりするのだろうか?
面白そうなので、ちょっとこのテーマは改めて詳しく調べてみたいところだ。
なお「ねこ稲荷」、養蚕が衰退した現在では、純粋に「愛猫の無病息災を願う神社」となっている。入口に愛猫ブロマイドや迷い猫の広告などがたくさん張り出されており、見ててけっこう楽しかった。横の古民家は売店になっていて、ねこ稲荷グッズや猫みくじなどが買える。写真の張り出しは100円払えばOKらしい。

思いがけず興味深いものに触れた春の旅でした。
*****
※ちなみに、徳島にある猫神さんは祟る猫なので養蚕とは全然関係ないっす。
四国は一部以外は養蚕盛んじゃなく、とくに徳島は藍染に力を入れていた地域なので、どっちかというと化け狸の枠なのかなと…。
https://oujijinja.com/guide.html
で、地図を見てたら山の中に「ねこ稲荷」なるものがあった。
猫…なのに稲荷…とは…??
猫の神社自体はそんなに珍しくない。うちの田舎のほうにもあった。だが、「猫神」と「稲荷」の組み合わせは初見だ。
というわけで、ついでに立ち寄ってみた。
羽黒神社への参道の途中、何軒かの民家がある場所の古民家の奥にその小さなお社はあった。
由来を見ると、もともとは「人を化かす狐が改心して稲荷になった」が正解のようだ。で、「改心後は人を化かしたりはせず、ネズミを取ってくれるようになった」ことから「ネズミとるなら猫だろ」に転嫁した…っぽい。
つまり「稲荷」のほうが本体で、「猫」はなんで猫になったのかよくわからんという感じ。
結局、本体は狐なんだよなあ…。
ただ、面白いことにこの由来、養蚕が盛んだった土地でよく見られるもののようなのだ。「お蚕様」の天敵はネズミ。そのネズミを取ってくれる猫は、養蚕の盛んな土地では大事にされてきたらしい。
これは、後日軽く祭神の由来などを調べてみて知った。実際、ねこ神社の来歴の看板にも養蚕についての記述がある。
ここに社を建てた当時の人たちにとっては、ネズミを取ってくれるなら猫でもキツネでも有難い存在だったということか。
しかし「養蚕と猫」の関係、これは、エジプトを中心に西アジアでの猫と人との関わりの歴史を追ってきた自分にとっては、かなり目からウロコな発見でもあった。
西アジアでの「猫」は明らかに麦作と関連していて、麦の貯蔵庫にたかるネズミを狙って人の集落に近づいた猫が飼い猫の起源と考えられている。農耕の開始時期から次第に人慣れしていき、やがて家畜化されてイエネコとなり、人の役に立つ動物として各地に広まって行った、というのが一般的な説だ。
もちろん麦だけでなくコメやその他の穀物もネズミに狙われるから、農耕と猫は切っても切れない関係にある。
なので、日本でも穀物を狙うネズミを狙う意味で大事にされてきたのだと思っていたのだが、まさか養蚕との関係が深いとは…。
カイコが日本に伝わってきたのは早ければ弥生時代だとされる。イエネコが大陸から入ってきたのもその頃なので、もしかして最初から養蚕との関係があったりするのだろうか?
面白そうなので、ちょっとこのテーマは改めて詳しく調べてみたいところだ。
なお「ねこ稲荷」、養蚕が衰退した現在では、純粋に「愛猫の無病息災を願う神社」となっている。入口に愛猫ブロマイドや迷い猫の広告などがたくさん張り出されており、見ててけっこう楽しかった。横の古民家は売店になっていて、ねこ稲荷グッズや猫みくじなどが買える。写真の張り出しは100円払えばOKらしい。
思いがけず興味深いものに触れた春の旅でした。
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※ちなみに、徳島にある猫神さんは祟る猫なので養蚕とは全然関係ないっす。
四国は一部以外は養蚕盛んじゃなく、とくに徳島は藍染に力を入れていた地域なので、どっちかというと化け狸の枠なのかなと…。
https://oujijinja.com/guide.html