古代エジプト・新王国時代の宝石+古代スーダン・ナパタ時代の金装飾の珍しい装飾品について

流し見していたエジプト遺物の中に面白そうなものがあった。日本で紹介されているのを見たことのない一品なので、メモがわりに書いておこうと思う。
古代のヌビア(スーダン)で発見されたナパタ時代の遺物なのに、「一部はエジプト原産」という説明がされている奇妙なものだ。

詳細はこちら。
収蔵しているのはアメリカのクリーブランド美術館、購入したのは1987年1月。
https://www.clevelandart.org/art/1987.1

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これは王族が生前に身に着けたペンダントで、死後に墓に埋葬されたと考えられている。
ヌビアはエジプトの影響を強く受けており、伝統を引き継ぎながら変化させていた。エジプトでは埋葬時に使う副葬品を生前のアクセサリーとは別に作ることも多かったが、ヌビアでは生前身に着けたものをそのまま墓に入れるスタイル。
宝石の部分はライオン、金の台座部分はヒヒが並んでいるが、どちらの獣もヌビアでは重んじられた神聖な生き物だった。

様式だけから見ればエジプトの影響を受けたヌビアン・スタイルなのだが、1996年の調査で宝石を調べてみたところ、新王国時代のエジプトで採掘されたものと判明したそうだ。形状からして、元はセネト・ゲーム(古代エジプトで一般的だったすごろくゲーム)の駒だったのではないかとされている。

で、その駒をヌヒアの職人が再加工し、金の台座に埋め込んだのがナパタ時代(紀元前750年頃~300年頃)だろう、というのだ。
新王国時代のいつ採掘されたのかにもよるが、最大1,000年、最小で300年くらいの時間差を経て加工された品なのだ。来歴としてはかなり面白いし、どのようにしてこの駒がエジプトから流出したのかは想像力を掻き立てられる。

おそらく所持していたのは裕福な家族か王族だったのだろうが、ヌビアに移住したか、だれかに譲渡したものが流れたのか。
セネト・ゲームの駒は30ほどでワンセットのはずだが、残りの駒はどこへ行ってしまったのか。
他にも類似の加工をされたものが。どこかの博物館や美術館に眠っているかもしれない。

このような、「エジプト美術様式ではあるけど厳密にはエジプト遺物ではない」みたいな遺物も周辺諸国からけっこう出てるのが面白いのです。
エジプトのスカラベなのにギリシャのモザイクの中にはめ込まれちゃったやつとかも見たことがあります。


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ほか、クリーブランド美術館所蔵のコレクションでお気に入りは、彫刻家の絵の練習岩。岩の片面は先生が刻んだっぽい上手な線刻画で、アジア人、ヌビア人、エジプト人の貴人と神官。反対側は練習中の弟子の作品と思われる、かなりヘタクソな人体パーツ。

あと、あまり数が見つかっていない、目が細くてやたらスタイリッシュな少女像。このタイプは数が少ないのと時代が集中しているので、一人の異端な芸術家が作ってた or ものすごく性癖の偏ったパトロンがお抱え職人に作らせたもの、という可能性が高そう。

博物館や美術館がコレクションを画像で無料公開してくれる時代はほんとありがたいですよね。見てると時間が溶けていきますけど。