エジプト/スーダン境界に大量に存在する古墳「アトバイ砂漠の囲い込み埋葬」について

“Atbai Enclosure Burials (AEBs)"、アトバイ砂漠の囲い込み埋葬。
今の今まで知らんかったぞ…?

というわけで、エジプトとスーダンの境界、アトバイ砂漠に大量に見つかっている紀元前4,000年~3,000年ごろの古墳についての調査論文を読んでみた。
最初に書かれているとおり、「よく調査されている地域のすぐ隣にあるのに情報が無さすぎる」。自分も初見だった。ていうかあそこ遺跡あったんだ…? という感想。よく見つけたし、よく調査に行ったなこれ。

Atbai Enclosure Burials: Monumentalism, Pastoralism and Environmental Change in the Mid-Holocene East Nubian Deserts
https://link.springer.com/article/10.1007/s10437-026-09654-y

まずアトバイ砂漠自体の名前がGoogleマップに登録されていない。論文についてきた古墳の分布地図を見ると、ナイル川と紅海の間の地域だということはわかる。
ナイル川太くなっているところが、アスワン・ハイ・ダムによってせき止められたナセル湖の部分。
ヌビアとはエジプトのナイル上流部分とスーダンの北側地域を合わせた呼び方なので、これは確かにヌビアの文明に属するとわかる。

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ただし、ナイル川沿いのヌビアの文明とは別系統のようなのだ。
少し前に読んだヌビアの本の年表で確認すると、紀元前4,000年から3,000年はヌビアAグループ、エジプトはナカダⅡ期に該当するが、この古墳群は、どちらからも明確な影響が見られないという。

また、衛星画像などから調査された分布図からしても、ナイル川近くには古墳が無い。砂漠の中に集中して作られている。
なので、これは別系統の砂漠文化とでもいうべきものなのでは…? と推測されているようだ。

ナイル川沿いは後世のかく乱や盗掘を受けやすく、ナイルの増水で流された可能性もあるため、もしかしたら川沿いに残っていないように見えるのは、過去にあったものが消えてしまったからかもしれない。ただ、今残っているものを見ると水から離れた場所が選択されていて、鉄砲水が流れた痕跡があるものや、後世にワジに飲まれたものはほとんどないのだという。

最初から砂漠のみに作られた墓地なら、ナカダⅡ期と同時期に、エジプトと交流していない「砂漠の民」とでもいうべき人々がいたのかもしれない。

古墳自体はいたってシンプル、名前のとおり「囲い」の中に墳墓がいっぱい集まっている。数が多いので、かなりの長期間作られ続けていただろうことが分かる。

↓これはAタイプと呼ばれているもの。他にも何パターンかに分類されている
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ここは農業には向かない土地なので、遊牧生活をしていた人々が作ったものだろうとされている。時代的に、気候変動によって砂漠が広がり、緑地が減りつつあった時代になるはずだ。一時的に雨量が増えていた時期もあったようだが、乾燥化の傾向は止まらず、ここに住んでいた人々はのちにナイル川沿い、もしくはもっと別の場所に移住するか、乾燥に強い家畜に切り替えることでしのいでいったようだ。

具体的には、最初は牛を飼ってたのが、より小回りの利くヒツジやヤギに代わり、ラクダが家畜化される時代になるとラクダに切り替えられていった。これはサハラ周辺の他の文化圏、たとえばベルベル人などでもみられる変化パターン。
初期の古墳には、人の骨と牛の骨を並べて埋葬しているものもあったりするそう。牛が重要視される埋葬は、北アフリカに広くみられるパターンでもある。

遺跡の年代は、放射性炭素年代測定のできた2つの遺跡、Wadi Khashab と Wadi el-Ku から得られた数値をもとにしているようで、最古のものがどれで、最新のものがどれとかはまだ分からない。最近はこのへんの地域の金の違法な採掘でも破壊されつつあるのが調査の障害となっているらしい。

というわけで、古墳自体はまだ調査の地上みたいなのだが、ナイル川沿いとは別に砂漠部分にも独自文化圏があったらしいことは特筆に値する。論文内では古墳の分布から「アトバイ文化圏」と呼ばれているようだが、今後の調査次第で同様の古墳の広がりがどこまであるかによって名称は変わるかもしれない。

世の中にはまだまだ知らない遺跡があるんだなあ…。


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砂漠の遺跡といえば、最近サウジアラビアでも未調査だった砂漠部分から色々と発見があって面白い。
広大で人の入りづらい砂漠の遺跡は、衛星画像が使える今の時代でもなければなかなか調査が厳しいのかもしれない。

サウジアラビア~ヨルダンの砂漠に作られた「デザート・カイト」、設計図ありだった
https://55096962.seesaa.net/article/499396716.html

あと、今回のアトバイのものとは全然様式が違うが、アルジェリアにも遊牧民が作ったとされる古墳群がある。これもまだ分からないことが沢山あって興味深い。

アルジェリア(7) 未知なる文明を求めて、砂漠の中の鍵穴式古墳
https://55096962.seesaa.net/article/519679396.html