古代エジプトにカマキリの神がいる? 調べてみたら「死者の書」に出てくる正体不明の単語の推定訳だった

古代エジプト美術には、多種多様な昆虫が登場する。チョウ、カナブン、スカラベ、ハチ、トンボにハエやアブ、テントウムシ。そんな中、カマキリの登場は非常に少なく、居たはずなのにめったに出てこないので、「描きづらかった、墓の主があんまり好まなかったので墓に描かれなかった」のでは、とされている。

にも関わらず、一部の個人サイトで「カマキリの神がいた、カマキリは魂の導き手だった」と書かれており、AIがそれを学習して出してきているので、なんだコレ…という感じになっていた。
個人ブログのソースは、どこかの芸術家がインタビューで答えたYoutube動画だと分かったのだが、その大元の出どころって何なのか。

調べにいった結果、だいたいのところが分かったのでメモしておく。
大元は、以下の2004年に出たオーストラリアのエジプト学者たちの論文集のようだ。
https://figshare.mq.edu.au/articles/journal_contribution/The_praying_mantis_in_ancient_Egypt/26839918?file=48806998

しかし実際は、「カマキリの神がいた」という部分については曖昧なニュアンスで書かれている。
せいぜい、カマキリにも何か特別な宗教概念的な意味があったかもしれないねえ、くらいの話である。


まず、古代エジプトの時代を通してカマキリに関連する遺物は非常に少ない。
論文に出されている事例は以下だ。

・1929年にベルナール・ブリュイエールがデイル・エル・メディーナで発掘し、1933年にルイ・カイマーが報告した新王国時代の小さな棺にお染められていた「カマキリのミイラ」
 ※写真がない。資料探しても写真も出てこないので、実物は現存しない可能性あり

・出土地不明な様式化されたカマキリの形をした青銅製のヘラ(おそらく末期王朝のもの)
 ※写真がない。上記カイマーの報告に記載があるらしい

・サッカラで発見された第6王朝のヘシの墓に描かれたカマキリの絵
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・同じくサッカラのメレルカの墓


他の昆虫に比べると出現頻度は非常に低く、あまり重要視されていないか、エジプト人好みではないか、親しみの湧くような昆虫では無かった可能性が高い。信仰対象にされていたとは言い難く、何らかの限定的な役割しか持たされていなかったと考えられる。

次に、カマキリの神の名前が「Abyts」とか「Ibayt」だと書いているサイトがあることについてだが、この単語は死者の書に登場する謎の生物名らしい。第76章と104章に登場し、この生物が「死者をオシリスの館へ連れて行く」とされる。

決定詞からして鳥か昆虫ではないかとされ、候補の一つがカマキリなのだそうだ。ただ、カマキリがなんで冥界にいるのか意味不明なのと、カマキリだと言い切れるだけの根拠もないので定着しているわけではないという。
また、もしこの生物がカマキリだった場合も、この単語が単に「カマキリ」を意味するだけで、神と呼ぶのは難しいだろう。神なら神の決定詞がつくはずなので。

ちなみに自分が持ってる英訳の死者の書だと76章は「アビト鳥」となっており、鳥説を採用している。前後で「死者の魂が舞い上がる」という表現があるので、カマキリも飛ぶけどさすがにこれは鳥説のほうが有力じゃね…? と思った。カマキリは舞い上がるような虫ではなく風に乗って滑空する感じの虫だからだ。
また、次の第77章は死者が黄金の鷹になって飛び立つ呪文なので、カマキリに道案内されて鷹に変身はさすがにシュールすぎる。

104章のほうは、死者を誘導するのはミツバチと翻訳されている。おそらく前者の決定詞が鳥、後者が虫なのだと思うが、もし同じ音で決定詞が違うなら、そもそも、単語の指し示す対象は別々なのでは…。


それから、カマキリに何か特別な意味があったかもしれない、という説は、王家の谷のセティ1世の墓に出てくる↓この部分から来ているらしい。
ミイラに活力を吹き込み、死者が供物を食べられるようにするための口開けの儀式に関連しているのではないかとされる碑文で、ディル・エル・メディーナで見つかったカマキリのミイラと関連しているのなら、カマキリに冥界に関する何らかの意味が与えられていた可能性はある。

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ただ、これだけだと「わからん」というのが正直なところだ。
カマキリの前足をもたげる格好が祈りに見える、というのも現代人の発想に過ぎない。両手を、手のひらを見せながら目の前に掲げるのであれば確かに古代エジプトの祈りのポーズなのだが、カマキリは前足を曲げちゃってるので祈りのポーズにはならない。

そして美術品としての出土例、壁画などへの出現頻度があまりにも低くて数えるほどしかないので、かなり限定的な役割しか持っていなかったのではないかと思う。


以上、結論として「カマキリの神がいたとはみなせない」。そもそもAbytsという単語がカマキリを指すかどうかもわからん上に、もしカマキリを指す言葉だったとしても、神名として書かれていない以上、神として数えることは妥当ではなく、精霊と呼ぶのも微妙な存在でしかないだろう。


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[>おまけ

カマキリ繋がりで以下も置いておく。

カマキリは積雪量を予測して卵を生んでいない。最新の研究結果は果たして定着するのか
https://55096962.seesaa.net/article/504323381.html

イラン中部の謎の岩絵の答え合わせ カマキリ男…?
https://55096962.seesaa.net/article/202003article_15.html


日本ではムカデも信仰対象となっていたが、かなり役割や地域の限定される信仰のされ方だった。古代エジプトにおけるカマキリも、もし宗教的な意味があったのだとしたら、こういう感じの信仰対象だったのでは…。

蚕を守るものとしての猫…と、その仲間たち:養蚕にまつわる民間信仰の中の猫・ヘビ・ムカデ
https://55096962.seesaa.net/article/520590281.html


バッタの美術品として有名なやつ

ツタンカーメン墓から出土した?「グエンノールのバッタ」高値で落札。
https://55096962.seesaa.net/article/517242125.html