ヒッタイトは鉄の技術を秘匿していたわけではないが、もしガチで秘匿するならどうするかを考える
日本では、かつてヒッタイトは「鉄の国」と呼ばれることが多く、製鉄技術を開発した国、鉄の力で帝国に成り上がった国と認識されることが多かった。
しかし、もしその説をとるならば、海の民などという有象無象の衆にあっさり滅ぼされた意味が分からないし、アナトリアから出て繰られていないのもしょぼすぎるし、エジプト軍との衝突で同等の兵力でほぼ引き分けになっているのも軍の運用がヘタすぎることになってしまう。
「実際には鉄器の威力はそんなに高くないよね」が最近の見方である。
また、鉄器が東地中海世界に広まり始めるのはヒッタイト滅亡後しばらく経ってからで、広まった技術はヒッタイトの製鉄技術とは少し違っていたらしいことも分かってきた。
ヒッタイトは製鉄技術を秘匿して国力の核としていたわけではなかった。鉄器自体は製造していたのだが、それは青銅器に比べてすさまじく優れた性能を持つとかではなく、高価な青銅器にに比べれば若干コストダウンできるとか、入手が楽とかだったか、たまーに上手くいくと鋼が精錬されるのが魅力だったとかいうレベルだったのだと思われる。
という前段を踏まえて、「それはそれとして、もし技術をガチで秘匿するならどうするか」というのを考えてみたい。
これは現代でも古代世界でも同じだが、技術の秘匿にはコストがかかる。そして、以下の3点は必須条件となる。
1 ロケーションの隔離が必要
2 習得が容易ではない技術であること
3 製造される品が十分に高価であること
1についてはいわずもがな、そのへんで作ってたら情報ダダ漏れなので専門の街を作るとか、エジプトなら砂漠の中に街を作るとかしないと技術の流出が発生する。
そして2だが、製品を見ただけでリバースエンジニアリング出来てしまうような単純なものでは秘匿の意味がない。職人が時間をかけて製造技術を習得するようなものでなければ秘匿してもすぐ真似されて終わってしまうだろう。
1の時点でかなりコストがかかるし、権力者でなければ不可能だということは分かるだろう。何しろ街を作るわけなので。現代なら工業団地とかオフィスビルとかがこれに当たる。
また、2で専門の職人を一定数雇うことになり、これも財政に余裕がなければ不可能だ。
3はもちろん、1,2でかかるコストと釣り合う必要があるというところから。
ヒッタイトの製鉄の場合、職人を一か所に集める都合上、1のロケーション隔離はしていたと思われる。ただ、2は果たしてどうだったのか。
そもそも、手順が確立されていれば、製鉄はそんなに難しくはない。というか本来は、人によって大きなバラつきが発生してはならない分野になる。現代では製鉄技術は工業化されており、設備と知識があれば誰でも、どこでも作れる。(※現代基準での高品質な鉄を除く)
しかし古代世界ではまだ科学的な知識が足りず、製鉄は職人の長年の肌感覚に頼っていたのかもしれない。工業化された設備を使っていたわけでもないので、不純物をどのくらい取り除けるか、炉の熱をどれだけ上げればいいかなどがランダム要素になっていた可能性はある。
「良い鉄」がたまにしか出来ず、それがカンの鋭い一部の職人にしか作れないものだと考えられていたのなら、専門の職人を雇う余地はあったかもしれない。
なお古代エジプトの場合、製鉄ではないが、この条件を満たす集落が存在した。「王家の谷」の墓職人の村ディル・エル・メディーナだ。
墓の近く、砂漠の縁に作られた村で、貴人の墓づくり、内装から副葬品の製造、葬式にかかわる儀礼まで一式を代々伝えていた。この集落は、新王国時代の末期、王家の財政破綻とともに離散する。高価な墓づくりの技術の需要が減ったのもあるのだろう。
墓づくりについては芸術要素が高いので、専門の職人が必要というのは分かる。また、死者の書などの呪文書の作成や壁画のデザインなどもするわけなので、葬祭儀礼に関する膨大な知識が必要だっただろう。
技術の秘匿という意味では、工業である製鉄よりも、芸術や工芸にかかわる内容のほうが秘匿する意味が大きそうだなと思うのだ。
というわけで、ヒッタイトは製鉄技術の秘匿はしていなかったし、おそらく、「する意味もなかった」という話である。
実際、東地中海世界に製鉄が広まりはじめたのは、ある程度均一な品質の鉄が作れるようになってからのように見えている。
ランダム要素が強い技術は使い勝手が悪い。誰にでも、どこででも実用に足る鉄が作れるようにならないと、鉄器時代は始まらない。
もしもヒッタイトの崩壊と製鉄技術の広まりに関係があるのだとしたら、職人を囲い込んで財力に任せて非効率な製鉄をしていた帝国のやり方が廃れ、ようやく民間でも研究されはじめて技術が進んだ、とかなのかもしれない。
しかし、もしその説をとるならば、海の民などという有象無象の衆にあっさり滅ぼされた意味が分からないし、アナトリアから出て繰られていないのもしょぼすぎるし、エジプト軍との衝突で同等の兵力でほぼ引き分けになっているのも軍の運用がヘタすぎることになってしまう。
「実際には鉄器の威力はそんなに高くないよね」が最近の見方である。
また、鉄器が東地中海世界に広まり始めるのはヒッタイト滅亡後しばらく経ってからで、広まった技術はヒッタイトの製鉄技術とは少し違っていたらしいことも分かってきた。
ヒッタイトは製鉄技術を秘匿して国力の核としていたわけではなかった。鉄器自体は製造していたのだが、それは青銅器に比べてすさまじく優れた性能を持つとかではなく、高価な青銅器にに比べれば若干コストダウンできるとか、入手が楽とかだったか、たまーに上手くいくと鋼が精錬されるのが魅力だったとかいうレベルだったのだと思われる。
という前段を踏まえて、「それはそれとして、もし技術をガチで秘匿するならどうするか」というのを考えてみたい。
これは現代でも古代世界でも同じだが、技術の秘匿にはコストがかかる。そして、以下の3点は必須条件となる。
1 ロケーションの隔離が必要
2 習得が容易ではない技術であること
3 製造される品が十分に高価であること
1についてはいわずもがな、そのへんで作ってたら情報ダダ漏れなので専門の街を作るとか、エジプトなら砂漠の中に街を作るとかしないと技術の流出が発生する。
そして2だが、製品を見ただけでリバースエンジニアリング出来てしまうような単純なものでは秘匿の意味がない。職人が時間をかけて製造技術を習得するようなものでなければ秘匿してもすぐ真似されて終わってしまうだろう。
1の時点でかなりコストがかかるし、権力者でなければ不可能だということは分かるだろう。何しろ街を作るわけなので。現代なら工業団地とかオフィスビルとかがこれに当たる。
また、2で専門の職人を一定数雇うことになり、これも財政に余裕がなければ不可能だ。
3はもちろん、1,2でかかるコストと釣り合う必要があるというところから。
ヒッタイトの製鉄の場合、職人を一か所に集める都合上、1のロケーション隔離はしていたと思われる。ただ、2は果たしてどうだったのか。
そもそも、手順が確立されていれば、製鉄はそんなに難しくはない。というか本来は、人によって大きなバラつきが発生してはならない分野になる。現代では製鉄技術は工業化されており、設備と知識があれば誰でも、どこでも作れる。(※現代基準での高品質な鉄を除く)
しかし古代世界ではまだ科学的な知識が足りず、製鉄は職人の長年の肌感覚に頼っていたのかもしれない。工業化された設備を使っていたわけでもないので、不純物をどのくらい取り除けるか、炉の熱をどれだけ上げればいいかなどがランダム要素になっていた可能性はある。
「良い鉄」がたまにしか出来ず、それがカンの鋭い一部の職人にしか作れないものだと考えられていたのなら、専門の職人を雇う余地はあったかもしれない。
なお古代エジプトの場合、製鉄ではないが、この条件を満たす集落が存在した。「王家の谷」の墓職人の村ディル・エル・メディーナだ。
墓の近く、砂漠の縁に作られた村で、貴人の墓づくり、内装から副葬品の製造、葬式にかかわる儀礼まで一式を代々伝えていた。この集落は、新王国時代の末期、王家の財政破綻とともに離散する。高価な墓づくりの技術の需要が減ったのもあるのだろう。
墓づくりについては芸術要素が高いので、専門の職人が必要というのは分かる。また、死者の書などの呪文書の作成や壁画のデザインなどもするわけなので、葬祭儀礼に関する膨大な知識が必要だっただろう。
技術の秘匿という意味では、工業である製鉄よりも、芸術や工芸にかかわる内容のほうが秘匿する意味が大きそうだなと思うのだ。
というわけで、ヒッタイトは製鉄技術の秘匿はしていなかったし、おそらく、「する意味もなかった」という話である。
実際、東地中海世界に製鉄が広まりはじめたのは、ある程度均一な品質の鉄が作れるようになってからのように見えている。
ランダム要素が強い技術は使い勝手が悪い。誰にでも、どこででも実用に足る鉄が作れるようにならないと、鉄器時代は始まらない。
もしもヒッタイトの崩壊と製鉄技術の広まりに関係があるのだとしたら、職人を囲い込んで財力に任せて非効率な製鉄をしていた帝国のやり方が廃れ、ようやく民間でも研究されはじめて技術が進んだ、とかなのかもしれない。