ペルー南海岸で栄えた「チンチャ王国」の家族墓から分かった人の移動/インカ以前から人の交流は盛んだった?
初見だと何いってんのか良く分からなかったけど、意味が分かると「あーね!」ってなる論文。
ペルーの南海岸でインカ帝国が興る以前に栄えていたチンチャ王国の墓を調べてみたところ、北海岸から流入して婚姻している人が結構いたよ。という話。
Ancient DNA reveals a family ossuary and long-distance migration on the Pacific coast before the Inca Empire
https://www.nature.com/articles/s41467-026-72216-y
場所はこのへん。Bで拡大されているところがチンチャ渓谷、奥のほうに墓地がある。
Aで●のついている箇所が墓に埋葬されている人たちの出身地と推測されている場所で、700kmくらい離れたところから移住してきてる人もいるということだ。
東京〜大阪間の距離は直線距離で約400kmなので、それよりも遠い。東北出身者と九州出身者が結婚してる、くらいの距離感と言えば、だいたいのイメージはつくだろうか。

インカ帝国の時代には、インカ道を通じた人の移動はもちろん、労役のため各地から人が中心部に集められたり、帝国の命令によって住居変えさせられたりと、人の移動が激しかったことがすでに分かっている。が、チンチャが栄えたのはインカ以前の時代で、人骨もインカ以前のものを調べていてこの結果なので、人の移動自体はインカ帝国以前からあったと言えそうだ。。
論文には出て来てなかったが、これは、もしかしたら船で移動してるんじゃないかなあと思った。
アンデス文明は海路のイメージが薄いのだが、チンチャ王国については筏の交易船団を運用していたという研究がある。日本でいう「北前船」(北海道で特産品を買い付ける商船)みたいな感じで、長距離交易をする定期船があったことによって人の交流が発生していたのかもしれない。
もし船でなかったとしても、これは、インカ道がインカ帝国時代にすべてイチから作られたわけではなく、もともとあった街道を補強したり繋げたりして拡張されたという研究と一致する。陸路でも人の移動は出来なくはない。少なくとも、インカ帝国時代の、山岳エリアと海岸エリアの「垂直移動による交流」は陸路がメインとなる。
ただ海岸沿いの地域はインカ道の整備以前だし、海運力持ってたチンチャが対象だと海路に触れないのはちょっと足りないかなあ…という感想。
気候変動によって人が移動したのでは? という結論部分にはあまり同意出来ない。
もしそうだというなら、移住元の北海岸の人口が大幅に減ったとか、南海岸から北海岸への移住はほぼ無かったとかになるはず。逆に海路での移動経路が確立されていたのが理由なら、北海岸の集落からは南海岸出身者も出てくるはずだ。両方調べたほうがいいと思う。(もう調べてて自分が見てないだけかもしれないけど)
それと、骨の年代補正でけっこう細かい年代まで出ているのが驚いた。今ここまで分析出来るんだ…?
生まれただろう年代を数十年単位で出していて、世代まで判明している。知らない間に技術が向上していてびっくりだ。

とはいえ、調査対象がここ700年くらいの古さなので、古代といってもまあまあ新しい。さすがに数千年前の古代の骨だとここまでの精度では出ないだろうなあ。いや、古代エジプトのミイラでも世代が分かればいろいろクリアになるんだろうなとちょっと思っただけで。
ペルーの南海岸でインカ帝国が興る以前に栄えていたチンチャ王国の墓を調べてみたところ、北海岸から流入して婚姻している人が結構いたよ。という話。
Ancient DNA reveals a family ossuary and long-distance migration on the Pacific coast before the Inca Empire
https://www.nature.com/articles/s41467-026-72216-y
場所はこのへん。Bで拡大されているところがチンチャ渓谷、奥のほうに墓地がある。
Aで●のついている箇所が墓に埋葬されている人たちの出身地と推測されている場所で、700kmくらい離れたところから移住してきてる人もいるということだ。
東京〜大阪間の距離は直線距離で約400kmなので、それよりも遠い。東北出身者と九州出身者が結婚してる、くらいの距離感と言えば、だいたいのイメージはつくだろうか。
インカ帝国の時代には、インカ道を通じた人の移動はもちろん、労役のため各地から人が中心部に集められたり、帝国の命令によって住居変えさせられたりと、人の移動が激しかったことがすでに分かっている。が、チンチャが栄えたのはインカ以前の時代で、人骨もインカ以前のものを調べていてこの結果なので、人の移動自体はインカ帝国以前からあったと言えそうだ。。
論文には出て来てなかったが、これは、もしかしたら船で移動してるんじゃないかなあと思った。
アンデス文明は海路のイメージが薄いのだが、チンチャ王国については筏の交易船団を運用していたという研究がある。日本でいう「北前船」(北海道で特産品を買い付ける商船)みたいな感じで、長距離交易をする定期船があったことによって人の交流が発生していたのかもしれない。
もし船でなかったとしても、これは、インカ道がインカ帝国時代にすべてイチから作られたわけではなく、もともとあった街道を補強したり繋げたりして拡張されたという研究と一致する。陸路でも人の移動は出来なくはない。少なくとも、インカ帝国時代の、山岳エリアと海岸エリアの「垂直移動による交流」は陸路がメインとなる。
ただ海岸沿いの地域はインカ道の整備以前だし、海運力持ってたチンチャが対象だと海路に触れないのはちょっと足りないかなあ…という感想。
気候変動によって人が移動したのでは? という結論部分にはあまり同意出来ない。
もしそうだというなら、移住元の北海岸の人口が大幅に減ったとか、南海岸から北海岸への移住はほぼ無かったとかになるはず。逆に海路での移動経路が確立されていたのが理由なら、北海岸の集落からは南海岸出身者も出てくるはずだ。両方調べたほうがいいと思う。(もう調べてて自分が見てないだけかもしれないけど)
それと、骨の年代補正でけっこう細かい年代まで出ているのが驚いた。今ここまで分析出来るんだ…?
生まれただろう年代を数十年単位で出していて、世代まで判明している。知らない間に技術が向上していてびっくりだ。
とはいえ、調査対象がここ700年くらいの古さなので、古代といってもまあまあ新しい。さすがに数千年前の古代の骨だとここまでの精度では出ないだろうなあ。いや、古代エジプトのミイラでも世代が分かればいろいろクリアになるんだろうなとちょっと思っただけで。