著者が掲げた目標がどう考えても達成されていない謎の本「イラン現代史」

本のタイトルと中身はあっている、帯のキャッチも妥当と思われる、ただ「はじめに」に書かれた著者の「この本で達成したい目的」だけは明らかに達成出来ていない。そんな謎の本を見つけてしまった。

イラン現代史 イスラーム革命から核問題、対イスラエル戦争まで (中公新書) - 黒田賢治
イラン現代史 イスラーム革命から核問題、対イスラエル戦争まで (中公新書) - 黒田賢治

初版が出たのは去年の年末なので、アメリカとの緊張が高まっている時分ではあるが、その後に起きた軍事衝突の部分は触れられていない。
いわば読者は、終章のあとに続く「結果」も知っている。ハメネイ師の死、それ以外の指導者たちの死、湾岸諸国への攻撃と動乱。しかし、その部分を差し引いたとしても、本の内容と著者の書きたかったことの間にはズレがあると感じた。

著者がやりたかったこととしては、「イランというと厳格なイスラームの国や、反米国家などのイメージを持つ人も少なくないが、そのイメージを裏切ること」と最初に明言されている。また、「この本を読み終わったあとはイランについてもっと知りたくなるはすだ」とも書かれている。
しかし実際には、本の内容はイメージどおりだった。
強権(狂犬)国家であり、イスラームを掲げて国民を弾圧してきた国であり、反米をこじらせたあまり中露に接近して道を誤った政治下手くそ国家である。

おそらく、そもそもの基準が著者と読者でズレているのだ。これはイランを援護しようと試みる他の人たちでもよく見かける風潮なのだが、国家と個人は別のものであり、ここで論じているのは国家であるという前提を忘れているのではないか。

たとえば著者は、イランが厳格なイスラームの国ではないことを示すため、「宗教意識は人それぞれで、別にそんな熱心に信仰に生きてる人ばっかりじゃないよ」という話をする。
しかし、それは個々人の話であって、イラクという国家がイスラームを国家の基礎に据え、宗教者を「最高指導者」という国民の手の届かない特権階級として扱い、選挙で選ばれる政治家でなく宗教者に決定権を持たせていたのは事実なのだから、それを見れば「イスラームの国」としか言いようがない。

しかも、よりによって日本人を例に上げ、寺社にお参りに行く頻度の個人差を挙げているのだが、日本人の信仰は寺社に行く回数ではなく日常生活に溶け込んだ風習が本体なので基準にならないし比較対象としては不適切だ。日本が神道や仏教による統治を行っていないと言えるのは、神道のトップである天皇に権力を与えていないことが根拠となる。比べるならこの視点だろう。

また、西洋文化に侵略されたくないという思想はあるがコーラはあるしハンバーガーもあるよ、みたいな話をしながら、女性が被り物をしないと監視カメラで身元を特定されで罰則を受ける、という話をしていて、いや本当にそれ厳格なイスラーム国家じゃないと言える? ムリじゃない?? と、心の中でツッコミを入れてしまった。
事実なので書かないよりは正直に書いたほうがいいのだが、この内容でどうやって冒頭の目的を達成出来たつもりでいるのか、私が読めていない行間がどこかにあったのか、読み返しても全然判らなくて「?」だけが生まれる。

革命防衛隊がインフラや公サービスのほとんどを握ってるとも自分で書いてあるのだがら、普通に読めば親しみが湧くとか興味が湧くとかより先に「怖、あんま近づきたくない」ってならないだろうか。

そして、経済政策の失敗も、革命後の迷走も、ひととおり知っている概要のとおりだったので、「もっとイランについて知りたくなる」ような要素が何も出てこなかったのもちょっと期待外れだった。もっと掘り下げがあるかと思っていたのにサラっと歴史をなぞって終わり。
これ、イラン史研究とかしてる人にとっては楽しい本だったんですかね…? 私がもともと遺跡とペルシアに興味の重点置いてて政治の細かいところは「ふーん」で流しすぎたせいなのか…?


と、まあ、普通に読むとどう考えて冒頭で述べられた内容は達成されてないよなあと思ったのだが、巻末の年表は役に立つかなと思った。
特に注目は80年代あたりですね。

アメリカ大使館襲撃事件があったり、クウェートにケンカ売ったり、イラン・イラク戦争があったりとハチャメチャやってるんですが、最近の湾岸諸国ぜんぶにドローン攻撃やったりホルムズ海峡に機雷敷設したりしてるキレッキレな狂犬っぷりは当時と変わらんなあという感じ。定期的に暴発する国家とかなかなか付き合うの難しいっすわ。隣国の人たち苦労するよこれは…。


近代イランの歴史を見ていると、エジプトさんなんかは80年代以降で上手くやったなあという思いが強くなる。
エジプトもかつては反イスラエルで反アメリカ、ロシアに接近していたのだが、サダト大統領の時代にイスラエルと和平交渉をして親アメリカ方向へ舵を切った。いわばイデオロギーより経済を優先した形なのだが、いまでは観光客を受け入れて儲けているし、中露ともつかず離れずでやっている。
西洋文化に侵略されるとかはあまり気にしておらず、対抗手段として古代エジプト・アイデンティティを持ち出したりしている。

もしエジプトが、建国当時のイスラーム重視・反米/反イスラエル路線でやってたら、今頃はどうなっていただろうか。
バラマキ政策や国内需要が弱すぎるところ、輸出が弱いところなどはイランに似ている部分もあるので、ヘタしたら似たような歴史を辿っていたのかもしれない。