アジアのみならず幅広い視点から語る本「モンゴルの歴史」

サブタイトルが「遊牧民の誕生からモンゴル国まで」と扱ってる時代が広いなので、通史なら面白そうだなと思って読んでみた。この手の本でサブタイトル詐欺ではなくほんとに現代国家モンゴルまで連続で扱ってる本ってはじめて見たかも。ごく最近の話題まで入っていて、専門ジャンルにかかわらず資料を追った痕跡が見られたのが大変良かった。

モンゴルの歴史[増補新版] (刀水歴史全書59) - 宮脇淳子
モンゴルの歴史[増補新版] (刀水歴史全書59) - 宮脇淳子

何しろ、「最後の遊牧国家」ジュンガルから、清朝支配下のモンゴル、大戦下での日本帝国との関係や、国家としてのモンゴルと中国領モンゴルに分離した経緯まで書いてある。実に幅広いし、よく知られているモンゴル帝国の歴史だけ書いてある本よりは面白い。

そしてモンゴル史を語る上で欠かせない、中国やロシアとの関係、ヨーロッパ方面への遠征まで誤魔化さずに書いてあるあたりもなかなかの好印象。扱う範囲が広いからと自分の得意な部分だけ書いてあとは逃げる著者はよくいるが、全部入りで出してきてるのは珍しい…。そのぶん、細かいところ書かれてないなと思うところもちょいちょいあったが、それはほかの本で補完すればいいだけなので。

面白いなと思ったのが、中国にわりと辛辣なところである。
「中国王朝の歴史は秦の始皇帝に始まる、それ以前は中国と呼べるような政体はない。」というのは当たり前の内容だが、中国史を扱う本だとけっこうここ飛ばされてるんである。
現在の国家としての「中華人民共和国」の領土が成立したのは、それからさらに時代を下る。遊牧民国家が中国の支配権を奪って王朝を作っていた時代あるわけなので、本来はモンゴルの歴史と中国の歴史は両輪で語られるべきものなのだろう。

そして、現代国家の中国で、モンゴル人がどう扱われていったのかの記述は、かつて中国に旅行した際に見た、そして北京オリンピックの開会式でも見た光景への違和感をすっきり説明してくれていた。

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なんか少数民族の構成おかしくない? とか、なんでこんなに数多いんだ、博物館にいっぱい並べたいだけなのか、とか思っていたのだが、そうかーチベットとかウイグルとかと合わせて、多数の中に紛れ込ませて目立たないようにする作戦だったのかー…。なるほどなあ。卑怯だけどうまいことやってたんだな。(そんでヨーロッパ相手には、うちは多民族国家なんで多様性あります!!とか主張もできる)

それと、ロシアとの関わり部分もけっこう入念に書かれていた。モスクワの政府が、従属していた「黄金のオルド」から独立していく17世紀あたりの経緯や、どのようにモンゴルとの衝突を避けながらシベリアに拠点を築いて勢力圏に組み込んでいったかなどは面白く感じた。「白いハーン」という言葉が使われていたように、見ようによってはロシア帝国もモンゴル帝国の末裔の一つにあたる。

ちなみにロシアの記録には色々誤解があり、ロシアの記録からモンゴル史を研究すると勘違い大全みたいになってしまうらしいことも本の中に出てきた。ハーンという称号が理解できずツァーリになってるとか、ホンタイジとタイシという称号の違いが分かっていないとかは、あーね…という感じ。
以前、ロシア人研究者の書いたスキタイ研究書やフン族研究書が勘違いだらけだったのを見たことがあったので、どのへんが勘違いになってたのかはだいたい想像がつく。
でもシベリアにある遊牧民の遺跡はだいたいロシア人が発掘しているので、間違ってるのは承知の上で資料探すしかないんですよね…。

他、特筆しておくべきは、本の中で何度か触れられている「民族の概念は近代に作られたもの、昔はない」「言語と民族は一致しない」というところだ。古代の遊牧民はトルコ語とモンゴル語のどちら話していたか、とかは、実は命題からして成立しない。古代にはもっと多くの言語があって、人が入り混じるうちに集約されていったはずだし、現代のトルコ人とモンゴル人は、血統というより「イスラム教を受け入れた人たち」「チベット仏教を受け入れた人たち」くらいの文化の一部を基準にした括りでしかないからだ。

歴史上、移動しまくり&部族も離散集合を繰り返している遊牧民に、近代的な「民族」の概念は適用できない。そして、「民族」よりは「部族」とか「一族」とかの意識のほうが強かっただろう。そして、言語は後天的に学ぶものであり、血統とは無関係なので、「モンゴル語を話しているからモンゴル民族だ」という定義は成立せず、逆に「モンゴル民族なら必ず過去にもモンゴル語を話していたはずだ」という定義も成立しない。
歴史をある程度学んでいれば当たり前の概念なのだが、わりと忘れられがちで、大事なところなのだ。
こういう「当たり前」を丁寧に説明しているところは好感が持てたので、初心者にもおすすめできると思う。