ネアンデルタール絶滅の理由は北ヨーロッパと東アジアで違うかも? 新たな遺伝情報解析の研究結果が出る

ネアンデルタール絶滅の原因は、いまのところ不明である。有力そうなのは、気候変動に適応できなかった、現生人類との生存競争に負けて数を減らしていった、など。
いずれにせよ「だんだん数を減らしていき、最後に絶滅した」というストーリーが語られることが多かったのだが、北ヨーロッパで見つかってい要るネアンデルタールの人骨からゲノム採取してみたところ、絶滅寸前の時期まで遺伝的な多様性が保たれいるように見えるため、そこまで急激に数が減っていたわけではないかもしれない。という可能性が出てきたようだ。

Genetic diversity of late Neanderthals in northwestern Europe
https://www.nature.com/articles/s41586-026-10625-1

分析されたのはフランス北部からベルギーにかけての地域にあるいくつかの遺跡から回収されたネアンデルタールの骨34体ぶん。いつ採集されたのかすら不明なまま博物館に眠ってた骨やら、今回調査してみてはじめてネアンデルタールだったとわかった骨もあるらしく、まあとにかくごっちゃごちゃ。しかし年代的には1万5千年くらいの範囲に収まる、ひとつの地域の骨なので、ある程度の集団傾向は読めるはずだ。

問題は1体を除きカバレッジがかなり低いこと。(※古代人のDNA解析やカバレッジについては以前まとめた記事を参照)

ほとんど遺伝情報が残っていないとろこからショットガンシーケンスで頑張って情報をぶっこ抜き、現生人類のDNAによる汚染なども除去して、だいぶ頑張って分析してるなあという感じの研究…。

全然遺伝子情報取れなかったもの、ミトコンドリアDNAだけ取れたもの、ミトコンドリアDNAと核DNAが取れたもの、などの分類は以下。
高カバレッジは1体だけで、ミトコンドリアDNAすら取れなかった骨も複数ある。現在の技術を使っても、これが4万年以上前の人骨相手に分析しようとした場合の現実なのだ。骨の形は残ってても、細胞の中身のデータまで残っているとは限らない。

ffgg.png

で、DNAの変異から分析した年代+放射性炭素測定の結果を組み合わせて各人骨の年代を分析するとこんな感じ。
左側縦の列が個体識別名。分析できるだけの条件が揃っていた個体がそもそも少ない。

dggg.png

ここから分析して、「遺伝的多様性が保たれていて、遺伝的負荷(有害変異の蓄積)が時間の経過とともに増大した形跡はない」という結果が出ている。

ネアンデルタール人の分布の東端に位置する、モンゴルと中国の間にあるデニソワ洞窟や、ロシアのチャギルスカヤ洞窟から見つかった人骨からは、近親婚の増加による遺伝的な多様性の喪失が見られるが、今回の結果は相反するものだったということ。
今回の分析対象の中にはネアンデルタール絶滅の5千年前くらいのものもあるが、数が急激に減った痕跡はないのだという。

参考: チャルギスカヤについては以下のページなどを参照
Excavations at the Chagyrskaya Cave, Russia: a Neanderthal Middle Palaeolithic industry in Northern Asia
https://www.antiquity.ac.uk/projgall/derevyanko345

また、今回分析された北西ヨーロッパの個体は現生人類と混血した形跡がなく、独自集団のまま生存していたようだという。
(アジアの個体は現生人類はもちろんデニソワ人とも混血していたことが分かっている)


ここから考えるべきは、東のアジアと西のヨーロッパにいたネアンデルタールで絶滅までの過程が違う・もしかしたら時期すらずれてる可能性があるのでは? ということ。
同じ種族といってもヨーロッパとアジアじゃ居住環境も全然違う。むしろ、同時期に「せーの」で絶滅しなきゃならん理由はない。
住んでいる距離の遠さからしても、集団が分離してから時間も経っていただろうし、集団の持つ文化自体がだいぶ違ってたとかもあるのでは。

当たり前っちゃ当たり前の話なのだが、東の果てまで行ったネアンデルタールの状況を、無条件に「ネアンデルタール」という種族全体の話に拡大して他の地域まで適用してよいはずもない。今までの見方が地域差を考慮してなさすぎたんだろうな、と思った。

ただ、現実として「今」この時代に生きている人類は現生人類、ホモ・サピエンス一種だけなので、地域によって数千年ズレていたかもしれないし、理由は地域ごとに様々だったかもしれないが、ネアンデルタールには必ずどこかで絶滅してもらわなければならない。その絶滅のシナリオが単純なものではなくなるかもしれないね。というお話である。