エジプト中部・ミニヤ県から初期王朝時代の墓が見つかる。木製構造物まで残ってるのすげえ…

エジプト中部・ミニヤ県で、先王朝時代の墓地と、初期王朝時代のマスタバ墓とが見つかった、というニュースが出ていたので、ほうほうと思いながら見ていた。
要するにピラミッドとか作り始めるより500年くらい前、まだ王権が確立しはじめて間もない時代の超貴重な墓が出てきた、ということ。なんかついでに末期王朝時代の墓も出て来てるらしいけど、メインは初期王朝時代の墓2つだろう。その時代にマスタバ墓作れるのはかなり上位の貴族か王族。

Burials discovery in Minya sheds new light on Ancient Egyptian funerary architecture
https://english.ahram.org.eg/UI/Front/Inner.aspx?NewsContentID=571225

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片方は後世に石材をどこかに転用された形跡があり状態がいまいちらしいのだが、もう一つは良好な残り方で、外壁の石積み具合からは、のちに階段ピラミッドに発展していく雰囲気があるとのこと。

また、アビュドスにあるデン王の墓と共通する構造も見られるそうで、なかなか興味深い。

ちなみにデン王は第一王朝の王で、古代エジプト政府においてはじめて人口調査を行った証拠のある王様。また、エジプト全土をナイルの上流と下流に分けて表現した「上下エジプトの王」という称号も、額にウラエウスをつけるファラオ・スタイルも、この王様の時代に始まっているので、いわばデン王の時代は、「古代エジプトの伝統の基礎が作られた時代」と言ってもいい。

その時代の前段階が見られるという意味で、この墓は貴重。
遺体はほぼ残骸だが、墓内部で石を支えるための木造建築が残ってるようなので、よく5,000年残ってたなさすがエジプトだぜ…という感じ。


それともう一つ、本題と別なところで面白いなと思ったポイントは、この墓がガバル・エル・テイア(Gabal El-Teir)で見つかっているというところだ。
実はここ、キリスト教の聖地として有名な場所。

https://holyfamilyegypt.com/2017/06/18/gabal-al-tayr/

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エジプトに逃亡した聖母マリアの一家がエジプト全土を旅行した…というローカル伝承がエジプトにあり、その旅行先に修道院がぽこぽこ立っているのだが、そのうちの一か所がココ。なお、以前調査したところでは、聖家族が滞在したとされる地域はほぼすべてが古代エジプト宗教で聖地とされていた(主要な神殿の立っていた)場所になっていた。
まあ聖地=デカい神殿がある=外国人が出入りしやすい、という事情もあったのだろうが、おそらく宗教が切り替わる時に元々のエジプト神話にキリスト教の伝承のガワを被せた結果こうなったのだと思う。

なので現地の風景としては、古代エジプト文明の基礎となる時代の墓からキリスト教の修道院、近代のモスクまで、5,000年分の宗教遺構が並んでる構造になる。日本だとあまり考えられないような文化層の厚みがあるのだ。エジプトならではの発見だよなあと思うのだ。