アマルナ王朝の未完成墓群と「作り切れなかった伝統」について/冥界神NGの世界観で墓を作るには
アマルナ王朝とは、アクエンアテンの一神教改革に伴いアマルナ(アケト・アテン)に遷都されていた二十年ほどの期間を指す言葉。この時代には、アテン一神教が邁進されるとともに、他の神々を否定して伝統を作り替えようとした時代でもある。
で、この時代って、一神教にして冥界神やミイラづくりの神も否定してしまっているのが問題なのだ。
オシリス神がいないので、死者の書は使われないし死者の審判も冥界もない。アヌビス神がいないので、伝統的なミイラ作りの儀式が行えない。
これどうやってたんだ…? というのが、前回書いた↓である。
アクエンアテンはミイラにされたのか? アテン一神教だとオシリスもアヌビスも居ないんだけど…。
https://55096962.seesaa.net/article/520690241.html
たとえば仏教で、「阿弥陀如来いがいの仏はすべて阿弥陀如来の一種! 阿弥陀如来いがいは認めない!」って突然言い出した高僧がいたとしよう。その高僧の宗派では、葬式で唱えるお経に含まれる釈迦如来やその他の仏の名前が使えなくなる。般若心経も菩薩が出てくるのでダメ。
何世代かかけて新たな伝統を築いていくならともかく、いきなり方向をスイッチされたら誰も追従出来ないのではないか。
アテン信仰ではさらに、「位牌も仏壇も間違った信仰の在り方! ミマニリストこそ正義! 墓以外のものは持つな、墓もシンプルでいい」くらいの改革をやっているので、これほんと葬式どうやってたんだ…? という感じ。
で、今回は墓を調べてみたのだか、やっぱり伝統を壊そうとして壊しきれていない、どうアテン信仰に合わせればいいのか苦労したような形跡がある。
なお、アマルナ時代の墓は、伝統的な「王家の谷」の岩窟墓と同じく壁を掘ってる横穴タイプ。
この時代にはもうピラミッドは作っていない。
そしてアマルナにピラミッドを作れるほどの面積はない。
大事なことなので太字にしました。アクエンアテンをピラミッドにぶち込む作品作りはマジでやめてください。ピラミッドって太陽神ラー信仰の象徴だから、アクエンアテンがガチギレして中で沸騰します。
墓のある場所の動画と立体構造とか
https://www.amarnaproject.com/amarna-the-place/royal-tomb/
Wikipediaから拾ってきたフリー画像
墓の位置関係

TA26が王の墓、入口を東向きに設定しているのは日の出の方角を向かせたかったのでは? という説がある。
向かいのTA30はおそらく物置き。他のTA27,28,29はいずれも東向きにしようとした形跡があるので、これがアテン信仰の時代の伝統にされようとしていた墓づくりのルールなのかもしれない。
完成したとされるのはTA28のみ。他の墓は未完成。
実際に埋葬に使われた可能性があるのは26,28,29だが、いずれも荒らされているので、もし埋葬があったのだとしても誰だったのかは不明。
アクエンアテンが埋葬されたとされる王墓の見取り図。
実際に埋葬されたのはアクエンアテン、母のティイ、次女のみ。墓は未完成。

冥界は否定するくせに墓はきっちり冥界仕様で下に向かって掘りこんでるじゃねーか。とはちょっと思った。
岩盤の質が悪く、漆喰は塗られているものの絵などは未完成、もしくは場所によってはほとんど剥がれ落ちた状態。
アクエンアテンの母ティは、アクエンアテン治世の半ばごろに亡くなったとされ、TA26に息子とともに収められた可能性がある。が、ティイのミイラ自体は王家の谷で見つかっているので、もし彼女がここに埋葬されたとしても、のちに改葬されている。
TA26墓を見ると、伝統的な地下に向かう通路の形をした墓に、なんかすげー適当に通路と部屋を付け足した不格好な形になっているが、これはネフェルティティのための墓室というよりは、ネフェルティティの産んだ6人の王女たちを無理くり突っ込むための拡張だったのでは…と思う。アクエンアテンを埋葬した可能性があるのはこの墓だけなのだが、家族全員ひとりずつ墓を作ったとも思えない。正妻と娘たちも一緒に埋葬する家族墓の想定だったのではないだろうか。
そして、少し離れたところに作られている墓は側室とか、後継者(スメンクカーラーやツタンカーメン)用として想定されていたのではないだろうか。
話を戻し、TA26墓に残されている壁画を見ると、見事にアテン信仰しかない。いや、当たり前なんだけど、アテンしか出てこない。
次女メケトアテンが埋葬されていたとされる部屋の壁画がこれ、通常はオシリスとなった死者が描かれるところにはオシリスではない姿の王女が描かれている。
足を閉じたミイラのポーズじゃないし、護符とかも持ってないし、頭上に輝くのはアテン。

これ、発注するときめちゃめちゃ大変なフルオーダーメイド仕様ってことである。
第18王朝の歴代の王墓は基本的に死者の書の変型版や冥界の風景を描いてきた。にもかかわらず、それらの定番モチーフが一切使えない。アテン以外の神を出してはならず、アテンではない神が支配する冥界は存在しないことになっている。
これを実現するためには、伝統を無視して考案した新作の図や碑文をいったん紙などに描き、王様のとこ持ってってOKもらってから墓の壁に描きはじめることになる。既存の模様とかモチーフ使わずにフルオーダーメイドで全く新しい墓の壁画作れって言われたデザイナー、過労で死ぬぞ…w しかも発注元がアクエンアテンだから、うっかり他の神の図像とか紛れ込んでたら罰を受けるかもしれない…。
アクエンアテンの治世は17年ほどとされる。墓の造営を始めたのが治世5-6年目と考えられているので、10年以上費やしている計算になる。
10年もかかって壁画どころか内装すら全然進んでないの、これが原因じゃないか…? 納得するデザインとか様式にこだわりまくって進まないまま本人の寿命尽きたパターンだろ。
家臣たちの墓には壁画などがそれなりに出来ているものもあるので、単純に人手が足りていなかった可能性もある。
そもそも新様式のアマルナ美術に追従出来た職人も少なかっただろうしなぁ。
というわけで、葬式の手順も難しかっただろうが、墓づくりのほうも、伝統を変えようとしたためにだいぶ苦労したのでは。というのが自分のの意見。
ただ、ネフェルティティがここに埋葬された形跡がないのが一番の謎。
夫と一緒にアテンに傾倒してたはずの彼女が、王家の谷で伝統的に墓に入ろうと考えるはずもない。王家の血筋でもないし後継者たちの実母とも考えられていないから、後継者たちはそこまで気にしなかっただろうし、忠誠心出してよそに改葬しようと考える高官がいたとも思えない。
もし彼女が埋葬されるなら、この谷しかないはずなのだ。
ネフェルティティが死んだタイミングがいつなのかにもよるが、アクエンアテン以上にヘイト集めて改葬もされず、墓に遺体放置されて盗掘された、というのが一番しっくりくる解釈かなと思うのだ。
※なお、こういうシンプルな見方をしたくないためにツタンカーメン墓の奥の隠し部屋にネフェルティティが埋葬されている! と大騒ぎした一件は、隠し部屋なんかないことが判明し、危うく遺跡を棄損する寸前だった責任者が更迭されて終了しました。
古代エジプト、複雑なストーリー描きすぎて解釈おかしくなる人が定期的に出る。
で、この時代って、一神教にして冥界神やミイラづくりの神も否定してしまっているのが問題なのだ。
オシリス神がいないので、死者の書は使われないし死者の審判も冥界もない。アヌビス神がいないので、伝統的なミイラ作りの儀式が行えない。
これどうやってたんだ…? というのが、前回書いた↓である。
アクエンアテンはミイラにされたのか? アテン一神教だとオシリスもアヌビスも居ないんだけど…。
https://55096962.seesaa.net/article/520690241.html
たとえば仏教で、「阿弥陀如来いがいの仏はすべて阿弥陀如来の一種! 阿弥陀如来いがいは認めない!」って突然言い出した高僧がいたとしよう。その高僧の宗派では、葬式で唱えるお経に含まれる釈迦如来やその他の仏の名前が使えなくなる。般若心経も菩薩が出てくるのでダメ。
何世代かかけて新たな伝統を築いていくならともかく、いきなり方向をスイッチされたら誰も追従出来ないのではないか。
アテン信仰ではさらに、「位牌も仏壇も間違った信仰の在り方! ミマニリストこそ正義! 墓以外のものは持つな、墓もシンプルでいい」くらいの改革をやっているので、これほんと葬式どうやってたんだ…? という感じ。
で、今回は墓を調べてみたのだか、やっぱり伝統を壊そうとして壊しきれていない、どうアテン信仰に合わせればいいのか苦労したような形跡がある。
なお、アマルナ時代の墓は、伝統的な「王家の谷」の岩窟墓と同じく壁を掘ってる横穴タイプ。
この時代にはもうピラミッドは作っていない。
そしてアマルナにピラミッドを作れるほどの面積はない。
大事なことなので太字にしました。アクエンアテンをピラミッドにぶち込む作品作りはマジでやめてください。ピラミッドって太陽神ラー信仰の象徴だから、アクエンアテンがガチギレして中で沸騰します。
墓のある場所の動画と立体構造とか
https://www.amarnaproject.com/amarna-the-place/royal-tomb/
Wikipediaから拾ってきたフリー画像
墓の位置関係
TA26が王の墓、入口を東向きに設定しているのは日の出の方角を向かせたかったのでは? という説がある。
向かいのTA30はおそらく物置き。他のTA27,28,29はいずれも東向きにしようとした形跡があるので、これがアテン信仰の時代の伝統にされようとしていた墓づくりのルールなのかもしれない。
完成したとされるのはTA28のみ。他の墓は未完成。
実際に埋葬に使われた可能性があるのは26,28,29だが、いずれも荒らされているので、もし埋葬があったのだとしても誰だったのかは不明。
アクエンアテンが埋葬されたとされる王墓の見取り図。
実際に埋葬されたのはアクエンアテン、母のティイ、次女のみ。墓は未完成。
冥界は否定するくせに墓はきっちり冥界仕様で下に向かって掘りこんでるじゃねーか。とはちょっと思った。
岩盤の質が悪く、漆喰は塗られているものの絵などは未完成、もしくは場所によってはほとんど剥がれ落ちた状態。
アクエンアテンの母ティは、アクエンアテン治世の半ばごろに亡くなったとされ、TA26に息子とともに収められた可能性がある。が、ティイのミイラ自体は王家の谷で見つかっているので、もし彼女がここに埋葬されたとしても、のちに改葬されている。
TA26墓を見ると、伝統的な地下に向かう通路の形をした墓に、なんかすげー適当に通路と部屋を付け足した不格好な形になっているが、これはネフェルティティのための墓室というよりは、ネフェルティティの産んだ6人の王女たちを無理くり突っ込むための拡張だったのでは…と思う。アクエンアテンを埋葬した可能性があるのはこの墓だけなのだが、家族全員ひとりずつ墓を作ったとも思えない。正妻と娘たちも一緒に埋葬する家族墓の想定だったのではないだろうか。
そして、少し離れたところに作られている墓は側室とか、後継者(スメンクカーラーやツタンカーメン)用として想定されていたのではないだろうか。
話を戻し、TA26墓に残されている壁画を見ると、見事にアテン信仰しかない。いや、当たり前なんだけど、アテンしか出てこない。
次女メケトアテンが埋葬されていたとされる部屋の壁画がこれ、通常はオシリスとなった死者が描かれるところにはオシリスではない姿の王女が描かれている。
足を閉じたミイラのポーズじゃないし、護符とかも持ってないし、頭上に輝くのはアテン。
これ、発注するときめちゃめちゃ大変なフルオーダーメイド仕様ってことである。
第18王朝の歴代の王墓は基本的に死者の書の変型版や冥界の風景を描いてきた。にもかかわらず、それらの定番モチーフが一切使えない。アテン以外の神を出してはならず、アテンではない神が支配する冥界は存在しないことになっている。
これを実現するためには、伝統を無視して考案した新作の図や碑文をいったん紙などに描き、王様のとこ持ってってOKもらってから墓の壁に描きはじめることになる。既存の模様とかモチーフ使わずにフルオーダーメイドで全く新しい墓の壁画作れって言われたデザイナー、過労で死ぬぞ…w しかも発注元がアクエンアテンだから、うっかり他の神の図像とか紛れ込んでたら罰を受けるかもしれない…。
アクエンアテンの治世は17年ほどとされる。墓の造営を始めたのが治世5-6年目と考えられているので、10年以上費やしている計算になる。
10年もかかって壁画どころか内装すら全然進んでないの、これが原因じゃないか…? 納得するデザインとか様式にこだわりまくって進まないまま本人の寿命尽きたパターンだろ。
家臣たちの墓には壁画などがそれなりに出来ているものもあるので、単純に人手が足りていなかった可能性もある。
そもそも新様式のアマルナ美術に追従出来た職人も少なかっただろうしなぁ。
というわけで、葬式の手順も難しかっただろうが、墓づくりのほうも、伝統を変えようとしたためにだいぶ苦労したのでは。というのが自分のの意見。
ただ、ネフェルティティがここに埋葬された形跡がないのが一番の謎。
夫と一緒にアテンに傾倒してたはずの彼女が、王家の谷で伝統的に墓に入ろうと考えるはずもない。王家の血筋でもないし後継者たちの実母とも考えられていないから、後継者たちはそこまで気にしなかっただろうし、忠誠心出してよそに改葬しようと考える高官がいたとも思えない。
もし彼女が埋葬されるなら、この谷しかないはずなのだ。
ネフェルティティが死んだタイミングがいつなのかにもよるが、アクエンアテン以上にヘイト集めて改葬もされず、墓に遺体放置されて盗掘された、というのが一番しっくりくる解釈かなと思うのだ。
※なお、こういうシンプルな見方をしたくないためにツタンカーメン墓の奥の隠し部屋にネフェルティティが埋葬されている! と大騒ぎした一件は、隠し部屋なんかないことが判明し、危うく遺跡を棄損する寸前だった責任者が更迭されて終了しました。
古代エジプト、複雑なストーリー描きすぎて解釈おかしくなる人が定期的に出る。