現代基準でいうとオカルト思想に近い言語起源論の経緯説明本「言語起源論の系譜」
言語学の本か? と思うかもしれないが、この本はどちらかというと哲学寄り。そして現代基準でいうとオカルト思想に属すると思われる「言語起源論」について、その発生から近代にいたる流れを解説している本である。著者自身がツッコミを入れることはあまりなく、淡々と「誰それがこういう感じで考えました」「この時代はこんな感じの思想でした」みたいなのが続くので、するする読めるけど背景がピンとこない人は読むのキツい本かもしれない。

言語起源論の系譜 (ちくま学芸文庫タ-64-1) - 互 盛央
まず「言語起源論」とは何かという点だが、そもそもこれは聖書神話に根差した考え方である。
神が『光あれ』と言って世界を作ったのなら、その『光あれ』は何という言語で発せられた言葉なのか。そもそも神の発した言語は『何語』だったのか。それとも『何語』などとは名付けられないものだったのか。
神がアダムに与えた言語こそ起源となる言語であり、神に与えられた以上は学習することなく使えるものではなければならなかった。また、バベルの塔を作った人類が話していたのも、その言語でなければならなかった。バベルの塔が崩された時に言語はバラバラの系統に分かれてしまった――。
そういうことがマジメに信じられており、学者たちがあーだこーだと考えを巡らせていた中世という時代があったのである。
もちろん、神話を歴史と混同するのは現代基準だとオカルトになってしまうし、聖書に使われた言語だからヘブライ語こそ最も古い言語である! とか言っちゃうのは、( ´_ゝ`)フーン という反応しか出来ない。
起源の言語を話す民族=もっとも古い由緒正しい民族民族、という考え方も流布されており、民族の権威を高めるために、「ヘブライ語はべつに古くない。英語こそ正当な世界言語」だの「もっとも古い言語はインド=ヨーロッパ語族の祖語なのだから、その言語の子孫たる我々は神の作った人間の子孫である」だの、アーリア人至上主義や優生思想に繋がる意見も存在したようだ。
だが、中国の歴史の長さ、エジプトの歴史の古さなどは認識されていた。なので「これらは聖書の権威を揺るがすもの」とまで言われていた。
世界に散らばる様々な言語が知られるにつれ、実に色々と理屈をこねくり回す考え方も出てきたようだ。
もちろん、現代の言語学だと言語の起源は一つとは考えられていない。そして人間がサルから進化したことも知られているので、人間の昔の言語はサルの鳴き声である。
さらに言えば、かつては聖書の書いているとおり世界の歴史はたかだか数千年と信じられていたのだが、実際には地球の年齢が測定され、数十万年前、数億年前、数十億年前と遡り、生命誕生がはるか昔だったこと、人間は最初から人間だったわけではないことも明らかにされていく。
そんな中で言語起源論は19世紀までは理屈をこねこねしながら残っていたようなので、まあ、中世と近代の境目ってやっぱりそのあたりなんだろうなあ。と思うのだ。
進化論とエジプトミイラの話を以前書いたが、これも18世紀の終わりごろに起きた出来事。世界が出来たのがたかだか6,000年前だと思われていたから、エジプトミイラを見て「古代のミイラを見ても動物が現代のものと全く同じだ、進化なんてしてないじゃないか!」みたいなことが言えたのである。(なお化石は、ノアの洪水で死んだ動物の骨ということになっていた)
消えるべくして消えた説ではあるものの、何百年もヨーロッパの人々がマジメにこれを論じていたこと、そしてヨーロッパの外では言語起源論にハマる人はほぼ出なかったことは実に興味深いなと思った。
まあなんか、「言語は他人に感情を伝えるべく生まれたのではないか」なんてところは以前ツッコんだ「サピエンス全史」の著者が信じていた節に通じているし、「かつてヨーロッパ人が話していたのはケルト語で、ケルト語を話していたガリア人こそ最も古いヨーロッパ人だ」なんてのは少し前までヨーロッパで広く信じられていた「ケルト人=ヨーロッパの基層民族」という説と一致するし、いまだに尾を引いてるところはあるんだろうなあ…(ヨーロッパ限定で)

言語起源論の系譜 (ちくま学芸文庫タ-64-1) - 互 盛央
まず「言語起源論」とは何かという点だが、そもそもこれは聖書神話に根差した考え方である。
神が『光あれ』と言って世界を作ったのなら、その『光あれ』は何という言語で発せられた言葉なのか。そもそも神の発した言語は『何語』だったのか。それとも『何語』などとは名付けられないものだったのか。
神がアダムに与えた言語こそ起源となる言語であり、神に与えられた以上は学習することなく使えるものではなければならなかった。また、バベルの塔を作った人類が話していたのも、その言語でなければならなかった。バベルの塔が崩された時に言語はバラバラの系統に分かれてしまった――。
そういうことがマジメに信じられており、学者たちがあーだこーだと考えを巡らせていた中世という時代があったのである。
もちろん、神話を歴史と混同するのは現代基準だとオカルトになってしまうし、聖書に使われた言語だからヘブライ語こそ最も古い言語である! とか言っちゃうのは、( ´_ゝ`)フーン という反応しか出来ない。
起源の言語を話す民族=もっとも古い由緒正しい民族民族、という考え方も流布されており、民族の権威を高めるために、「ヘブライ語はべつに古くない。英語こそ正当な世界言語」だの「もっとも古い言語はインド=ヨーロッパ語族の祖語なのだから、その言語の子孫たる我々は神の作った人間の子孫である」だの、アーリア人至上主義や優生思想に繋がる意見も存在したようだ。
だが、中国の歴史の長さ、エジプトの歴史の古さなどは認識されていた。なので「これらは聖書の権威を揺るがすもの」とまで言われていた。
世界に散らばる様々な言語が知られるにつれ、実に色々と理屈をこねくり回す考え方も出てきたようだ。
もちろん、現代の言語学だと言語の起源は一つとは考えられていない。そして人間がサルから進化したことも知られているので、人間の昔の言語はサルの鳴き声である。
さらに言えば、かつては聖書の書いているとおり世界の歴史はたかだか数千年と信じられていたのだが、実際には地球の年齢が測定され、数十万年前、数億年前、数十億年前と遡り、生命誕生がはるか昔だったこと、人間は最初から人間だったわけではないことも明らかにされていく。
そんな中で言語起源論は19世紀までは理屈をこねこねしながら残っていたようなので、まあ、中世と近代の境目ってやっぱりそのあたりなんだろうなあ。と思うのだ。
進化論とエジプトミイラの話を以前書いたが、これも18世紀の終わりごろに起きた出来事。世界が出来たのがたかだか6,000年前だと思われていたから、エジプトミイラを見て「古代のミイラを見ても動物が現代のものと全く同じだ、進化なんてしてないじゃないか!」みたいなことが言えたのである。(なお化石は、ノアの洪水で死んだ動物の骨ということになっていた)
消えるべくして消えた説ではあるものの、何百年もヨーロッパの人々がマジメにこれを論じていたこと、そしてヨーロッパの外では言語起源論にハマる人はほぼ出なかったことは実に興味深いなと思った。
まあなんか、「言語は他人に感情を伝えるべく生まれたのではないか」なんてところは以前ツッコんだ「サピエンス全史」の著者が信じていた節に通じているし、「かつてヨーロッパ人が話していたのはケルト語で、ケルト語を話していたガリア人こそ最も古いヨーロッパ人だ」なんてのは少し前までヨーロッパで広く信じられていた「ケルト人=ヨーロッパの基層民族」という説と一致するし、いまだに尾を引いてるところはあるんだろうなあ…(ヨーロッパ限定で)