古代エジプト・中王国時代の王女たちは弓術を嗜んでいた? 物議を醸した論文、論文本体は普通なのに最後の「考察」だけ思想強い…。

今年のはじめまで豊洲で開催されて開催されていた「ラムセス大王展」。そのイベントの会場中ほどに展示されていた目玉展示の一つが「イタ王女の短剣」だった。
※写真などはイベントで撮影した写真入りの記事を参照

そのイタ王女を含む同年代の王族たちの遺骨、いままでちゃんと調べてなかったから調べてみたよ! という論文が出ていたのだが、なんだか論文に賛否両論みたいな妙なことになっていた。

その発端を追って行くと、どうも、「古代エジプト・中王国時代の王女立ちの骨を調べたら片腕だけ関節に負荷がかかってた痕跡がある、なので弓術を嗜んでいたに違いない!」というミラクルな飛躍をしていた箇所があり、「いやいやそんなん分かるわけねーだろ何言ってんだ」という批判が、専門家たちから出ているらしいのだ。

何でそんなことになったの…というのを確認しに行ってきた。


元の論文はこれ。
内容は9割9分フツーである。第12、13王朝の墓から出てきた骨の形状や特徴、骨から分かる死亡年齢や推定身長などを調べている部分は妥当。
問題なのは最後の考察、5 Conclusion の一部だけだ。

Bioarchaeological reassessment of Dahshur royal skeletal remains from the Late Middle Kingdom (c. 1850–1700 BCE)
https://www.frontiersin.org/journals/environmental-archaeology/articles/10.3389/fearc.2026.1844402/full

物議の部分について書かれているのがこれ。

Did ancient Egyptian princesses use weapons? Controversial study claims they hunted or trained with the military, but not all experts agree.
https://www.livescience.com/archaeology/ancient-egyptians/did-ancient-egyptian-princesses-use-weapons-controversial-study-claims-they-hunted-or-trained-with-the-military-but-not-all-experts-agree

上腕骨に特異な痕跡があったととても、それは遺伝的なものや年齢的なもの、あるいは何か儀礼的な反復活動などでも起こり得るので、弓術を習っていた証拠にはならんよ。という至極まっとうな指摘である。
イタ王女をはじめ中王国時代の王女たちの埋葬に武器が入っていたことは事実だが、それらはすべて実用的なものではなく、豪華に装飾された「守り刀」と解釈すべきものである。その武器を持って、彼女たちに武術の心得があったと考えるのはいささか根拠に薄い。


この手の古代エジプトの王族ミイラを扱う研究は「絶対にエジプト政府主導、もしくはエジプト人学者を入れないとダメ」というルールみたいなものがあるので、この論文もエジプト人が著者になっている。エジプトさん、過去に外国隊に手柄を丸取りされてきた経緯があるので、外国人の学者にあまり自国の遺物は触らせたがらないのである。

ただ、この方針は、より開かれた研究視野を持つ足かせとなりやすい。
有名なエジプト人学者にザヒ・ハワス博士などがいるが、この人は強権的な研究を主導するため、合わない意見はたいてい黙殺されるし、都合が悪い結果が出た研究は表に出されないといった問題がある。今回もそのパターンかもしれない。


とはいえ、この論文の問題ない部分はなかなか興味深い。

この論文内で言及されている王女や王妃たちの多くは、アメンエムハト2世のピラミッド群から見つかったものだが、王のピラミッドの周囲に血縁者の女性たちを配置するのは、それ自体が復活の儀式の一部だったのではないか、という指摘はなかなか興味深い。
王のピラミッドの周囲に女性王族を配置するやり方は、第4王朝のクフ王の時代から既にある。神話におけるオシリスの復活において、姉妹神であるイシスとネフティスの二柱が魂を呼び戻す役割を果たしたこととつながる、何らかの思想があったのかもしれない。

また、イタ王女が28歳から34歳、身長は151.4cmから155.3㎝であることや、ケンメト王女が35歳から45歳で147.8~151.8 cmであることなど、各王族の死亡時年齢と身長を見ていくに、やはり古代世界の平均寿命は健康状態のいい王族でも40歳前後、女性の身長は150㎝程度なんだな、ということが分かる。

wytuuu.png

※過去に王族の身長データは作成している

骨に治癒した外傷の痕跡があるのは、王族といえど怪我くらいはしていたことが分かるし、「エドウィン・スミス・パピルス」にある外傷手当の方法はこの時代から既に知られていたのだろうという指摘もおそらく正しい。

なので、まあ、最後の「腕に筋肉ついてたから弓術やってたかもしれない!」っていうとこだけ、変な飛ばし方しすぎたんだろうなと…。
ぶっちゃけ片腕だけに筋肉がつくなら、「ウェイトレスの腕」とかでもあり得るわけですよ。文脈を見誤って、骨の痕跡を自分の良く知る事象に結び付けた結果、その骨の持ち主を誤認してしまうというのは、骨の鑑定だとよくあるパターン。(実際にアーロン・エルキンズのミステリ小説に使われたトリックでもある)

論文の中に既に、「複数個体の脛骨に「スクワッティング・ファセット(繰り返しのしゃがみ込み動作による痕跡)」が認められる、儀式で座ることが多かったのでは? という記述が出てくるので、腕の負荷も、香炉や香油つぼなどを長時間抱える儀式をやってたと解釈するほうが、まだ理に適っている。

王が弓を扱う図像は時代を通して複数見られるが、女性だとネイト女神とか戦い系の女神しか出てこないからなあ。いきなり飛躍して、女性王族もなんとなく弓使ってました!! とか言われても困る。



というわけで、およそ100年ぶりに改めて調査してみた点は評価したいのだが、変なノイズが入ってた部分は少々割引いたほうがいいと思う論文でした。
あと気になったのは、全遺体、発見時にはあったはずの頭蓋骨がどっかに消えてるって話ですね。何があった。誰か持ち出しちゃったパターンなのか。エジプトさん遺物しょっちゅう無くすから、もいっかい倉庫とか調べたほうがいいと思うよ…。