アルメニアで古い壁画が発見される。時代的にウラルトゥ滅亡と時期が被るかも
アルメニアのエレバンで発掘していたアルメニア・フランスの合同隊が、紀元前6世紀頃まで遡る古い壁画を発見したらしい。
見た目からしても古代風で、「もしかしたらウラルトゥに遡るかも」という情報があったので、今後が気になるからメモしておくことにする。
French-Armenian archaeological team discovers rare ancient mural at Erebuni
https://en.armradio.am/2026/07/23/french-armenian-archaeological-team-discovers-rare-ancient-mural-at-erebuni/

まず前提として、ウラルトゥとは紀元前9世紀頃から栄え、紀元前6世紀頃には衰退して消滅してしまう政体である。場所はヴァン湖のほとり、トルコとアルメニアの国境付近になるため、遺物や遺跡は両国に分散している。が、アルメニアは、そもそも首都エレバンからして紀元前782年にウラルトゥ王国のアルギシュティ1世によって築かれたエレブニ要塞が名前の由来であり、集落の発祥地でもあるため、トルコよりアルメニアでの扱いが大きい。アルメニア側では国の歴史の一部としても組みこまれているのだ。
ヒッタイトの後継であるネオ・ヒッタイトと同盟してアッシリアと戦うが、さすがにずっと勢力を保つことは出来ず、イランからメディアが攻めてきたこともあって滅びてしまったのだとされる。強大な敵に囲まれ続けた300年のため、要塞都市の遺構が多い。
今までに調べた内容は以下。
資源的に恵まれていたのに覇権は取れなかった…ウラルトゥ国について調べてみた
https://55096962.seesaa.net/article/202002article_24.html
アナトリア考古学博物館で見た謎の楔形文字碑文と「ウラルトゥ」について
https://55096962.seesaa.net/article/515141296.html
数少ないウラルトゥ専門書「埋もれた古代王国の謎―幻の国ウラルトゥを探る」
https://55096962.seesaa.net/article/515354261.html
思てたんとだいぶ違う。アルメニア南西部のウルラルトゥ遺跡から石灰岩の偶像発見
https://55096962.seesaa.net/article/518637074.html
見ての通り資料は少ないのだが、アッシリアにメディア、スキタイ他、その時々の勢力が遺跡が軍事拠点として何度も再利用されまくったため遺物の残りが悪いこと、碑文などの数が少ないこと、歴史資料のほとんどがアッシリアなど近隣の敵対していた大国側のものであることなどが原因と思われる。
ウラルトゥ、その歴史を通じて、そもそもあまり贅沢してる余裕ない政情だったっぽいのも挙げられるかもしれない。
軍事的な記録はわりとあるんだけど、それ以外の文化面などの出土品が少ない…。
そんな中で今回、なんか神話か神事に関係してそうな壁画が出てきてるので、もしウラルトゥ末期に被ってるならけっこう重要な発見になるのかもしれない。
とはいえだいぶ傷んでいるようなので、どこまで修復できるか、ですかねえ…。
アルメニアもいつか行ってみたいんだけど、日本から出てるツアーだいたいアルメニア正教関連なんだよな。せめて「謎の古代文明」枠でもいいからウラルトゥ展とかやってくんないかな。実は隠れマニアけっこういると思うんだよな、このあたりの歴史。
見た目からしても古代風で、「もしかしたらウラルトゥに遡るかも」という情報があったので、今後が気になるからメモしておくことにする。
French-Armenian archaeological team discovers rare ancient mural at Erebuni
https://en.armradio.am/2026/07/23/french-armenian-archaeological-team-discovers-rare-ancient-mural-at-erebuni/
まず前提として、ウラルトゥとは紀元前9世紀頃から栄え、紀元前6世紀頃には衰退して消滅してしまう政体である。場所はヴァン湖のほとり、トルコとアルメニアの国境付近になるため、遺物や遺跡は両国に分散している。が、アルメニアは、そもそも首都エレバンからして紀元前782年にウラルトゥ王国のアルギシュティ1世によって築かれたエレブニ要塞が名前の由来であり、集落の発祥地でもあるため、トルコよりアルメニアでの扱いが大きい。アルメニア側では国の歴史の一部としても組みこまれているのだ。
ヒッタイトの後継であるネオ・ヒッタイトと同盟してアッシリアと戦うが、さすがにずっと勢力を保つことは出来ず、イランからメディアが攻めてきたこともあって滅びてしまったのだとされる。強大な敵に囲まれ続けた300年のため、要塞都市の遺構が多い。
今までに調べた内容は以下。
資源的に恵まれていたのに覇権は取れなかった…ウラルトゥ国について調べてみた
https://55096962.seesaa.net/article/202002article_24.html
アナトリア考古学博物館で見た謎の楔形文字碑文と「ウラルトゥ」について
https://55096962.seesaa.net/article/515141296.html
数少ないウラルトゥ専門書「埋もれた古代王国の謎―幻の国ウラルトゥを探る」
https://55096962.seesaa.net/article/515354261.html
思てたんとだいぶ違う。アルメニア南西部のウルラルトゥ遺跡から石灰岩の偶像発見
https://55096962.seesaa.net/article/518637074.html
見ての通り資料は少ないのだが、アッシリアにメディア、スキタイ他、その時々の勢力が遺跡が軍事拠点として何度も再利用されまくったため遺物の残りが悪いこと、碑文などの数が少ないこと、歴史資料のほとんどがアッシリアなど近隣の敵対していた大国側のものであることなどが原因と思われる。
ウラルトゥ、その歴史を通じて、そもそもあまり贅沢してる余裕ない政情だったっぽいのも挙げられるかもしれない。
軍事的な記録はわりとあるんだけど、それ以外の文化面などの出土品が少ない…。
そんな中で今回、なんか神話か神事に関係してそうな壁画が出てきてるので、もしウラルトゥ末期に被ってるならけっこう重要な発見になるのかもしれない。
とはいえだいぶ傷んでいるようなので、どこまで修復できるか、ですかねえ…。
アルメニアもいつか行ってみたいんだけど、日本から出てるツアーだいたいアルメニア正教関連なんだよな。せめて「謎の古代文明」枠でもいいからウラルトゥ展とかやってくんないかな。実は隠れマニアけっこういると思うんだよな、このあたりの歴史。