日本における「石像」の歴史についての考察メモ 石そのものの崇拝と像に刻むことの違いについて

山登りをしていると、しめ縄を張られて神格化された岩によく出くわす。
日本に住んでいるとそうした岩が自然にありまくるので、あまり意識しないのだが、ふと「そういや岩信仰多くね?」と気づいて疑問になった。
そのわりに、岩を移動させて何か作らないんだな…? というのと、岩に何か刻むとか、加工するっていう発想が薄いな…? と。

岩を加工して信仰対象とした有名な事例としては、たとえばバーミヤンの破壊されてしまった石像。あれは岩壁に仏像を彫り込んだものだった。
しかし日本では、あのような岩に仏を彫り込むタイプの信仰スポットは少ない。掘ってもごく小さいもので、岩そのものの元の味を活かして信仰対象とすることが多い。

そして、岩に彫り込まれているのは決まって、仏像など仏教系の像のように思える。


ここから思いついたのが、以下のような説である。

・日本は火山国なので奇岩が多く、古来からある信仰では岩そのものが信仰対象だった
・仏教伝来とともに石仏という概念が伝わってきて、「石を加工して像にする」ことを覚えた
・つまり仏教以前の日本は、「石を材料にして何か作る」発想が薄かったのでは

が、この観点で述べている資料などが見当たらず、ぱぱっと証明するのも難しそうだったので、とりあえずメモ代わりに考えたことを残しておく。

まず、縄文時代に石像はほとんど無く、いわゆる男根に関する石棒くらいしかないのは事実。
石仏は仏教伝来以降に登場するが、それ以前の時代だと石像と呼べそうな遺物はほぼ無く、「石を加工して像にする」が仏教伝来以降というのはわりといけそうなセンかなと思う。

https://tsunan-maibun.jp/choukoku/
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次に岩に対する信仰を分類してみたが、いくつかのパターンに別れる。


①岩に付加された痕跡、一部の形状などを信仰対象とするもの

特別な意味をもたせた岩、たとえば「ヤマトタケルの足跡が刻まれた石」みたいな名所になっている岩であれば、世界中にある。たとえば「聖人が昇天する時の足跡のついた岩」とかはキリスト教世界にもイスラム教世界にもある。

②岩全体の外見を信仰対象とするもの

「横から見ると仏様の顔に見える」「亀に似た岩」など、岩全体の形状を信仰対象としているもの。これもタイにある涅槃のブッダの姿に似ている岩山など、世界中に事例がある。

③神話的なエピソードを付加されたもの

有名な殺生岩のように「悪い狐が石にされた」など、エピソードによって信仰対象とされる岩。①や②との合わせ技で、見た目が特異な岩に神話が付与されていることもあるが、神社の境内にあるだけで取り立てて変わったところのない岩なのに神話だけついてる、みたいなパターンもあるんで、別分類としておく。
なお、悪い妖怪や仙人が岩になった岩とかであれば中国にもある。


なお、「岩山」のように山全体を信仰対象とするものは、ここには入れていない。

まず見た目が特徴的な岩自体が火山国でもないと存在しないので、岩そのものを信仰することが多いのは火山国、ないし、かつて火山だったことがあるとか、海底火山が隆起したことがあるとか、何か地形的に特徴のある国に限られるだろう。

また、岩にまつわる信仰はアミニズム的なものなので、キリスト教や仏教など、後発かつ外来の世界宗教に塗りつぶされる以前の古い宗教が残っている地域でないと存在出来ないとも思う。日本はこの条件を満たしている。

少なくとも仏教に岩を信仰するスキームはないので、岩にまつわる信仰は仏教伝来以前からある何かだろう。もし岩の信仰に仏教的なエピソードが付与されているのなら、元々あった神話のガワを仏教風に作り変えた経緯があるかもしれない。(たとえば、「悪さをしていた沼のヌシを徳の高い僧侶が岩に変えた」という神話なら、元々は野伏だった部分を高僧に変えた、とかあるかもしれない。)

というわけで、最初に挙げた仮説はそれなりに合っていそうなのだが、あとは、各地に残る岩信仰のうち、仏教伝来以前まで遡れそうなものがどのくらいあるかかなあ…。
神話ハンターではないし民俗学系の人でもないのでちょつと調べるのは荷が重そうだが、どうせ誰か調べてると思うので、そのうち本を探してみたいと思う。