昔の少女マンガ「古代エジプトにタイムスリップ!」リアルでやるとどうなるのか→まず改名されると思う

王家の紋章、という、いにしえの少女漫画がある。古代エジプト世界にアメリカ人少女がタイムスリップ★してイケメンファラオに見初められ、恋愛もののお約束として妨害が入ったり引き離されたりしながらも愛を育むというストーリーである。
連載開始されたのは50年も前であり、いまだに完結していないという御長寿作品なのだが、あまりに昔に連載開始されたため、さすがに今となってはもう、使っている情報が古すぎる。

このマンガに限らず、かつて古代エジプト・ブームみたいなのがあった時代に書かれたエジプトものの少女漫画の設定は、「当時の」学説や「当時の」日本で手に入った資料を使って書かれているため、時代遅れの描写が少なくはない。(たとえば王家では兄妹や姉弟のきょうだい婚が当たり前だった、という設定など)

そんな「古い設定」の一つが、タイムスリップした人間がどう扱われるか、だろうと思う。


創作でよく使われる新王国時代の古代エジプトは、実は外国人がめっちゃ多い時代であり、言語も文化も外見も違う連中がたくさんいた。
昔の本だとヒッタイトやミタンニ、メソポタミアのバビロニアなどが「隣国」として登場するのだが、実際はそれらとの間に小国がたくさんあったことも分かっていて地理の解像度が上がっている。

冒頭に挙げた作品だと主人公の容姿はエジプトで珍しがられているのだが、異国人だらけの世界で、果たしてどれほど珍しがられたのか。金髪なら確かに珍しい髪の色だろうが、地中海全体で人種シャッフルしてる以上は全く居なかったとも思えず、それだけで特別扱いされるのはちょっと無理がある設定かなと思う。

そして、一番の違和感はやはり名前。主人公の名前「キャロル」は、たぶんそのまま名乗れない。
該当する音がなく、古代エジプト人には発音できないからだ。


●外国人の名前は基本的に訛る

新王国時代の古代エジプトは外国人の入り乱れる世界だったのだが、そうした中でよく起きるのが「名前が訛る」という現象である。
たとえば江戸時代末期から明治時代くらいの日本の記録を見て欲しい。ドイツ語やオランダ語圏など別言語の人物名がどう訛っているか。そして日本語でどう書かれているか。

古代エジプトの事例だと、第18王朝アクエンアテン王の宰相だったアペレルという人物はシリア方面の出身と考えられており、「アペレル」という名前は元の名前「アブディエル」が訛ったものとされている。
Abdi-el → Aper-el という変化である。「ディ」の音が発音出来なかったのだ。

同様にギリシャ系の名前も訛って記録されており、「クレオパトラ」は古代エジプト語では「クルゥ・パ・ドラ」となる。これは、ドイツ人シーボルトの名前が日本語で志文律と書かれた事例に近いかと思う。

また逆に、古代エジプト語名が外国に伝えられると外国の言葉に変換されるので、ツタンカーメンの即位名「ネブケペルウラー」は、ヒッタイト語の記録では「ニプフリヤ」となっている。

それぞれの言語に合わせて訛るのが基本なので、タイムスリップしたヒロイン名前も、古代エジプト人の発音しやすい音に置き換えられるのが自然かなと思う。
たとえば「カル」あたりなら言いやすそう。男性名になっちゃうけど。

なお、この事態を避けるために最初からメイン登場人物の名前をエジプト語っぽい名前にしておく、という荒業も過去の作品には多数存在した。古代エジプト人カクラテスさん=加倉さん、ハトシェプスト女王の転生=鳩子さん、とかいうパターンである。


●正妃など身分の高い外国人は正式名が別に与えられる

主人公キャロルはファラオに求婚され正妃になろうとしているわけだが、外国人が正妃となる場合はエジプト語名を別に与えられることが多い。
たとえばラメセス2世に嫁いだヒッタイト王女の名前は、常に「マアトホル・ネフェルウラー」である。これは記録に残したり、王名とともに碑文に書いたりする場合に外国人名だとちょっと収まりが悪いからだと思う。もしくは、現代日本と同じく、改名が帰化の覚悟の現れとかだったのかもしれない。

なのでキャロルも、正妃になるつもりなら、それが確定した時点で周囲からの呼び名はエジプト語名に変わるのが歴史的にはリアルな流れではないかと思う。

なお、身分の低い王妃の場合は、外国人名が訛った名前がそのままになっていることもある。
トトメス3世の側室だった、メンウィとかメンヒトとかがそのパターン。


●古代エジプトにおける「美人の条件」

余談だが、古代エジプト人は金髪を美しい髪とは認識していなかった可能性が高い。何故かというと、残っているカツラが「ふさふさボリューミー」かつ「赤っぽい色か茶色」だからだ。つまりそれが、理想の髪型ということになる。

また、「髪の毛が白くなる」は老齢の予兆を意味する表現で、「髪の毛が黒々している」ことは若さを象徴する。白っぽく見える金髪は、むしろ老齢をイメージさせるものとして忌避されたかもしれない。

そして古代エジプトにおける美女とは、「髪がいい匂いがする」ものだったようなのだ。
これは「二人兄弟の物語」という古典文学の中に登場する表現だ。神々の作り出した絶世の美女の髪の毛が一房流れ着き、あまりに良い匂いだったのでファラオがその女性に会いたいと願うシーンがある。

エジプト神話集成 (ちくま学芸文庫 シ 35-2) - 杉 勇, 屋形 禎亮
エジプト神話集成 (ちくま学芸文庫 シ 35-2) - 杉 勇, 屋形 禎亮

容姿はさらりと流されるだけなのに、匂いに関しては重点的に書かれているあたり、とても重要なポイントだったのではないかと思う。
長くて豊かな髪+良い匂い(ここでは「香油の染み込んだ香り」)、それが古代エジプトの美女の条件なのだ。

香りについては、日本でも平安美人が体に香を焚きしめていたわけで、風呂が一般的でない時代なら特に高貴さを意味するものだった可能性もある。古代エジプトの貴婦人たちが壁画の中で頭に香油の塊らしきものを載せているのも、副葬品に香油壺が大量にあるのも、それが身分あるイイ女に必須のものだったからに違いない。

香油の匂いはわりとハッキリしているので、現代人のリンスやシャンプーの匂いではちょっと弱すぎるかもしれないが、方向性としてはあっているはず。タイムスリップしてファラオ様に見初められたい人は、ボリューミーな髪の毛に良い匂いをたっぷり染み込ませて行くことをおすすめしたい。


また、古代エジプトでは機織り職人や造形関連の技術者など、手に職ある人は外国人でも最初からめちゃくちゃ高給取りになれるのが確定していたので、手芸部や造形畑の方はタイムスリップしても安心ですね。衛生環境が劣悪なのとかに耐えられさえすれば生きてはいけるのではないかと…。文明国ですし、政治的にもそこそこ安定しているので治安はいいはず、たぶん…。

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このように、現在の研究レベルや一般書のレベルに従った場合、お話の作り方がそもそも違ってくると思われる。
逆に言えば、昔の設定をそのまま使い回すと現在の一般人の知識レベルと乖離してしまい違和感を与えかねない。

まあ昔のハリウッド映画に出てくる古代エジプトの風景なんかも、現在からするとだいぶトンチキですし、かつての時代にウケたものが次の時代でも必ず受け入れられるとは限らず、「その時代ならでは」ということも多いでしょうね。というお話。


なのでいにしえの少女漫画を中途半端にアニメ化する流れには乗せないほうがいいですよ…。いや乗せないで下さい…。
また吉村のおいちゃんとか出張ってきたらさあ…。