「ナイル川は毎年、上流から肥沃な黒い土を下流に流していた」の誤解。エジプトが栄えたのは水に含まれる栄養のお陰ではないという話

「エジプトはナイルの賜物」という言葉がある。意味を取り違えて誤用されることの多い典型的なフレーズの一つである。
この言葉はヘロドトスの「歴史」という本に書かれているのだが、ヘロドトスは別に、「エジプトはナイル川の恩恵のお陰でやっていけている」のような意味では書いていない。
彼の旅したナイル川下流地域が、ナイル川の運んだ土によって出来ているという意味で「我々の旅しているこの地域はまさにナイルの賜物である(=川の運んだ土で出来た扇状地である)」と言っているのである。

これは普通に本読めば出てくる話であり、日本語訳も出ているので確認してみよう。

ヘロドトス 歴史 下 (岩波文庫) - 松平 千秋
ヘロドトス 歴史 下 (岩波文庫) - 松平 千秋

で、もう一つ誤解のほうがよく知られているのが、古代エジプトの古名である「黒い土の国(ケメト)」の「黒い土」が、ナイル川が上流から運んできたものである、という点である。
ナイル川は、上流の青ナイルの水源地で雨季に降った水によって毎年、夏頃に大幅に増水する。この水によって毎年、「黒い土」が運ばれてくるのだ、という話が専門書ですら書かれていることがある。

しかし、青ナイルの水源は遠くエチオピアであり、エジプトはナイル川の最下流である。
地図を見て欲しいのだ。この距離。こんな長距離を、土が途中で沈殿せずに流れてくるはずもない。

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もしもエチオピアから流れ出した土に特別な栄養があるのなら、その恩恵を受けるのはエジプトより上流のスーダンであり、そもそもからしてこの何千キロの距離を下流まで到達できるほど大量の土が毎年流れ出していたら、エチオピアの高地はいまごろ低地になっている。そんなわけがないw

この誤解はおそらく、ナイル川の「増水」が、「洪水」と翻訳されていた古い時代に生じたものではないかと思う。
日本でいう「大雨による川の洪水」なら、確かに濁った水がいろんなものを押し流すイメージがある。だが、ナイル川は何千キロと長さのある、なだらかな国際河川であり、アフリカの雨季による増水は「数カ月かけて水位がゆっくり上がり、また数ヶ月かけて下がってゆく」という毎年起こる通常イベントなので、台風や大雨による洪水とは全く様相が異なる。
土を削りまくって押し流すようなことにはならない。雨季の雨がふだんより多かった年は、水嵩の上限値も上がって、ふだんより多くの面積が水没するだけだ。


なので、エジプトの「黒い土の国」の「黒い土」とは、ナイルが運んでくる土のことではなく、砂漠の「赤い土」と対比された、「川沿いの工作可能な土地」という意味である。川沿いは全部畑なので、まあ土は黒いのだが、それは長年かけて現地で育てられた土なのだ。
そして、ナイル川がもたらすのは、肥沃な土ではなく、特別な栄養分でもなく、純粋に「農業用水」だ。

思い出してもらいたいのだが、エジプトは砂漠の国である。雨はほぼ降らず、上流地域では年間降水量はほぼゼロで推移する。
つまり農業に使える水は井戸水など地下水とナイル川の水のみだ。増水の季節、灌漑水路から畑に水を引き込んで土に十分な水を染み込ませ、塩抜きをし、増水が終わると種まきをして、水が完全に尽きる前に収穫を終える。

増水の量が少ないと、農業用水そのものが減り、水を引き込める範囲が狭くなり、塩抜きも不十分になるため収穫量が減るのだ。
川の水になにか特別な栄養分が含まれているわけではない。もしそんなものが含まれているのなら、これも、恩恵を受けるのはエジプトではなく上流のスーダンになるはずである。

※過去に書いた以下の記事も参照のこと

他の大河と比較した場合、ナイル川はあまり土砂を運んでいない。大河文明と川の性格について
https://55096962.seesaa.net/article/515241770.html


では、ナイル川が運ぶ「土」に全く意味はないのか、というと、そうではない。
川なので流れているうちに土は削る。そもそもエジプトのナイル渓谷自体、はるかな時をかけて川が大地を削って出来た谷間だ。

最初のヘロドトスに戻ると、ナイルが長年かけて運んだ土は、少しずつ陸地を高くし、かつて海だった場所を耕作可能な陸地に変えた。と同時に、川沿いに天然の堤防として蓄積し、暴れ川だったナイルの流れを長年かけて安定させた。

最初に王国が作られた時代のナイル川は、実は今と同じ場所は流れていない。というか、毎年のように流れを変える不安定な流れ方をしていた痕跡があり、支流の本数もかなり多かった。

「エジプトはナイルの賜物」、そのナイルのイメージはたった二千年前からのものだったかもしれない
https://55096962.seesaa.net/article/503595704.html


気候変動によって川の状況が変わっていたことも分かってきており、川の流れの変動に合わせてピラミッドの建造位置が変化している。街の位置も変動しているはずで、たとえば最初の首都であるメンフィスは、街の位置が時代ごとに変わっていたというのが定説になっている。
ということはもちろん、川が運んだ土の堆積する位置、堆積量も時代ごとに異なるだろう。そうして長年かけて、ナイル渓谷と下流の扇状地に溜まった土によって出来ているのが、現在の「エジプト」なのだ。

ピラミッド近くにナイルの支流の痕跡を発見、気候変動とピラミッド建設場所の関係が面白い
https://55096962.seesaa.net/article/503401207.html

なので、最初に戻ると、「エジプトはナイルの賜物」なのは、まさにナイルの流れが国土を作り出しているからなので、この言葉自体は現代でも使える。ただし、ヘロドトスはナイル川あってこそのエジプト、というような意味では書いていない。ナイル川があるからこそ、雨の降らない国で農業が出来るのは事実だが、そういう意味でこの言葉を使いたい場合はヘロドトスの名前を外すべきなのだ。

また、ナイル川の水に特別な栄養があるわけではないし、毎年大量の土砂を流すことは物理的に不可能だ。日本くらいの急な流れならともかく、ナイル川は傾斜が特別少ない川として知られている。

ナイル川が運んだ土が堆積して国土が出来ているのは確かだが、その土は遠くエチオピアから来たというよりは、一般的な河川と同じように川が岸を削った土などで、もっと近くから流れてきたものだろう。