アレクサンドロス大王が神託を受けた「アメン神殿」、現在は2つの遺跡から成り立っている。古代に見られた風景とは

アレクサンドロス大王がエジプトのアメン神殿で「神の子」という神託を受けた、というエピソードは有名で、いろんな本に出てくる。
そのアメン神殿がエジプト西端のシーワ・オアシスにあったことまでは書かれているのだが、どういう神殿だったのか書いてある本はほとんどない。
まあそもそも、このエピソード自体ギリシャかマケドニア関連の本に出てくるので、書いてる人はあまりエジプトに興味ないのかもしれない…。

なので少しエジプト目線からの補足を入れておきたい。
まず、このアメン神殿、作られたのが末期王朝時代なので、それほど立派なものではない。そもそも、シーワが古代エジプトの版図に加えられたのは、リビア系移民が増える末期王朝時代以降なのだ。それ以前の時代には「国境の外側」であり、所属する国が無い状態。
そしてシーワ・オアシスでは建材となる良質な石材はほとんど手に入らない。

ナイル川沿いでもないので、ルクソールにあるルクソール神殿・カルナック神殿のような立派なものを想像していると全然違うぞ。


トリップアドバイザーのアメン神殿紹介ページ
https://www.tripadvisor.com/Attraction_Review-g303857-d600426-Reviews-Temple_of_Amun-Siwa_Matrouh_Governorate.html

グーグルマップに上がってる写真とか
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なんか泥レンガみたいなのが見えると思うが、これは実際に日干しレンガで建造されている部分があるからだ。シーワ・オアシスはサハラ砂漠の中のオアシスなので、近くで豊富に石材が手に入るわけではなく、もし手に入ったとしても運搬のために川や水路を使えない、かつ人口も少ないので大型の建材は使えない。使えるリソースで建てられたものがこれになる。

ピラミッドも、時代が進むと内部は日干し煉瓦、表面だけ石材というコスパのいい建造方法が一般的になっていくが、それと同じで、神殿についても時代や場所によって建材の違いがあるのだ。


だが、見た目がショボいと思うなかれ。この神殿、今残っている遺跡と裏腹に、昔はかなり大きくて立派だったらしい。
実は遺跡としては、このアメン神殿(神託の神殿)と、近くのウバイド神殿(オバイダー神殿とも)に分かれている。そして、両者は位置関係からして繋がっており、一つの聖域を形作っていた痕跡がある。

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これはルクソールでいうところの、カルナック神殿(本体)とルクソール神殿(参道で繋がれた神の別宅)の関係に近いかもしれない。
そして、これらの神殿は丘の上にあるのだが、さらに広域で見てみると、丘の下から上がってくる道沿いに「クレオパトラの泉」と呼ばれる池がある。

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日本の神社でいう手水と同じく、エジプトの神殿でも入口の水盤や池で身を清めるのがルールだったから、位置からして、この泉は神殿入口にあった「聖池」の名残だと思う。
つまりアレクサンドロスは、この泉で手足を清め、手前のウバイド神殿で参拝し、奥の本殿で神託を受けた、という流れだったと思われるる

なお、アメン神殿と手前のウバイド神殿は、実は作られた時代が微妙に違っている。
アメン神殿が先に作られており、第26王朝のアマシス2世(イアフメス2世)の時代に建造された。ウバイド神殿は、シーワの実行支配者だった地方豪族ウェンアメンと第30王朝の王ネクタネボ2世の名が残っていることから、おそらく第30王朝に作られている。なので、数百年かけて建てましされた姿がこれだったのだ。

ネクタネボ2世の時代が土着エジプト人による王朝の最後であり、彼が去ったあとは第二ペルシア支配、そしてペルシアを破ったマケドニアの支配、アレクサンドロスの後継者であるプトレマイオスの開いた王朝へと続き、ローマに征服されるに至る。

時代で言うと、ネクタネボの退位が紀元前343年、アレクサンドロス大王がこの神殿に来たのが紀元前331年とされているので、アレクサンドロスが見たウバイド神殿はわりと新築に近い時だったのではないかと思う。(奥の本体アメン神殿はちょっと年季が入っていただろうが。)

当時の姿が再現できれば良かったのだが、残っている部分が少なすぎて完全な再現は厳しい。
この神殿、19世紀初頭まではかなり完全に近い形で残っていたらしいのだが、1811年に起きた地震で倒壊、さらに1897年に警察署の階段用の石材を入手するために爆破されたために石材のほとんどが消えてしまったそうで、なんとも勿体ないことをしやがって…という感じ。

エジプトさん、近代の石材転用で遺跡が消えたケースが多すぎてちょっとなあ。

そんなわけなので、残念ながらアレクサンドロスが見た風景を完全に再現することは出来ないのが、少なくとも一部は、想像で埋めることが可能だ。
当時も、今と同じくオアシスの岸辺にはたくさんのナツメヤシが植えられ、砂の世界に彩りを添えていただろう。現代名でグレート・サンド・シーとも呼ばれる見渡す限りの大砂漠に面した中に、まるで緑の宝石のように存在する水の豊かなオアシス。古代人にとってアメン神の奇跡と捕らえられたその風景を丘の上の神殿から眺めて、彼は何を思ったのだろうか。