エジプト西部、新王国要塞跡から軍用馬の埋葬が見つかる。そしてやっぱりあるラメセス2世の名前
少し前に、ラメセス2世最大の建築物は国境防衛線なんだよ、という話を書いた。
新王国時代の国境砦の遺跡が出てきたら、ほぼ例外なくラメセス2世の名前を刻んだ石碑とか柱とかが出てくるのだ。
今回発掘されたナイルデルタ西部のテル・エル・アブカイン(Tell Al-Abqain)の遺跡からもやっぱり出てきていた。

そして、この要塞、面白いことに「軍用馬の埋葬跡」が出ているらしい。
Scientists unearth complete remains of Egyptian warhorse given honorific burial some 3,000 years ago
https://www.cbsnews.com/news/egypt-ancient-war-horse-honorific-burial-remains-3000-years-old/
New Archaeological Discovery At Tell Al-Abqain Reveals Military And Daily Life Inside A New Kingdom Fortress
https://www.egypttoday.com/Article/4/149557/New-Archaeological-Discovery-At-Tell-Al-Abqain-Reveals-Military-And
New Kingdom Fortress Discovered at Tell el-Abqain
https://www.archaeology.wiki/blog/2026/09/17/new-kingdom-fortress-discovered-at-tell-el-abqain/

遺跡の位置は、アレキサンドリアより少し西で海に近いところになる。
いちばん西の国境砦であるザウィエト・ウンム・エル=ラカムよりはナイル本流に近い。
そのぶん規模も大きく、おそらくそれなりの人数が駐屯していたと思われる遺跡で、駐屯基地、穀物庫、パンを焼くかまどや軍事訓練場と思しきものもある。
また戦車のパーツなども見つかっているようなので、ここにはおそらく戦車隊も配備されていた。
見つかった馬の骨からして、中型でパワーのあるウマと思われ、おそらく戦車を引かせるための軍用馬だという。他の馬は埋葬されておらず一頭だけのようなのだが、特別に埋葬されたのなら、この基地の兵士たちに愛された名馬だったのだろうか。
なおエジプト、軍用馬はそれなりに飼育していたはずなのだが、馬の骨の埋葬というものはあまり見つかっていない。特に王墓からは、戦車は出てきても馬そのものや馬モチーフの遺物が出てこないのだ。おそらく馬が信仰に絡まず、あまり神聖視されなかったからなのだろう。
馬の骨が出てくるのは、エジプトよりむしろアフリカ内陸部のヌビアの遺跡(特にクシュ王国に属するもの)になる。ヌビアでの馬はおそらく王の持ち物、資産という扱いで埋葬されていると思われる。
新王国時代の国境砦の遺跡が出てきたら、ほぼ例外なくラメセス2世の名前を刻んだ石碑とか柱とかが出てくるのだ。
今回発掘されたナイルデルタ西部のテル・エル・アブカイン(Tell Al-Abqain)の遺跡からもやっぱり出てきていた。
そして、この要塞、面白いことに「軍用馬の埋葬跡」が出ているらしい。
Scientists unearth complete remains of Egyptian warhorse given honorific burial some 3,000 years ago
https://www.cbsnews.com/news/egypt-ancient-war-horse-honorific-burial-remains-3000-years-old/
New Archaeological Discovery At Tell Al-Abqain Reveals Military And Daily Life Inside A New Kingdom Fortress
https://www.egypttoday.com/Article/4/149557/New-Archaeological-Discovery-At-Tell-Al-Abqain-Reveals-Military-And
New Kingdom Fortress Discovered at Tell el-Abqain
https://www.archaeology.wiki/blog/2026/09/17/new-kingdom-fortress-discovered-at-tell-el-abqain/
遺跡の位置は、アレキサンドリアより少し西で海に近いところになる。
いちばん西の国境砦であるザウィエト・ウンム・エル=ラカムよりはナイル本流に近い。
そのぶん規模も大きく、おそらくそれなりの人数が駐屯していたと思われる遺跡で、駐屯基地、穀物庫、パンを焼くかまどや軍事訓練場と思しきものもある。
また戦車のパーツなども見つかっているようなので、ここにはおそらく戦車隊も配備されていた。
見つかった馬の骨からして、中型でパワーのあるウマと思われ、おそらく戦車を引かせるための軍用馬だという。他の馬は埋葬されておらず一頭だけのようなのだが、特別に埋葬されたのなら、この基地の兵士たちに愛された名馬だったのだろうか。
なおエジプト、軍用馬はそれなりに飼育していたはずなのだが、馬の骨の埋葬というものはあまり見つかっていない。特に王墓からは、戦車は出てきても馬そのものや馬モチーフの遺物が出てこないのだ。おそらく馬が信仰に絡まず、あまり神聖視されなかったからなのだろう。
馬の骨が出てくるのは、エジプトよりむしろアフリカ内陸部のヌビアの遺跡(特にクシュ王国に属するもの)になる。ヌビアでの馬はおそらく王の持ち物、資産という扱いで埋葬されていると思われる。