ヒッタイトで運用されていた「ヒッタイト法典(ネシャ法典)」についての覚書き
古代エジプトには法律書が存在せず、「成文法ではなかった」というのが定説なのだが、古代のメソポタミアには、「ハンムラビ法典」に代表される文書として固められた法律が存在する。
で、ヒッタイトはどうかというと、実はハンムラビ法典によく似た形式の、おそらく同系統(参考にして作った)と思われる法律書が存在している。
日本語で検索すると、あんまいい情報が出てこないので、自分でまとめておくことにする。
まず、名称として「ヒッタイト法典」「ネシャ法典」が出てくるが、両者は同じものを指している。ネシャというのはヒッタイト人の古都であるカネシュに由来する言葉で、ヒッタイト語のことも実際にはネシャ語と呼ばれていた。その「ネシャ」である。
ネシャ法典は、英語資料だとNesilim、またはネシリム法典と書かれていることも多い。
ヒッタイトの首都ハットゥシャから出土した粘土板に記載されていたものがソースなのだが、古ヒッタイト語から帝国時代のヒッタイト語まで古さがまちまちで、何度も書き写されていた形跡があるという。
商売に関する内容が多いことからしても、ヒッタイト黎明期にアッシリア商人が持ち込んだメソポタミアの法が元になっているのではないかと思う。

内容の内訳は以下。
https://www.linkedin.com/pulse/hittite-laws-lord-edwin-e-hitti
https://en.wikipedia.org/wiki/Hittite_laws
身体傷害と暴行(第1〜24条): 喧嘩、殺人、傷害など
婚姻・家族関係(第26〜38条): 結婚、離婚、結納金など
義務と労役(第39〜56条): 国家への義務(TUKUL)、財産の扱いなど
侵害と窃盗(第57〜144条): 家畜や土地の盗難など
契約と価格(第145〜161条): 商取引のルール
宗教・聖なる事象(第162〜173条): 儀礼違反、呪術(黒魔術)について
契約と関税(第176〜186条): 労働賃金や物品の公定価格
不適切な性的関係(第187〜200条): 近親相姦、獣姦、特定の性犯罪について
形式はハンムラビ法典と同じで、「もし人がxxをしたならば、xxせよ」となっている。
第197条
男が山中で女を捕らえた(そして強姦した)場合、その男は有罪とされ死刑に処されるが、もし家の中で捕らえたならば、女が有罪とされ死刑に処される。もし女の夫が二人を(現場で)捕らえ、殺害したとしても、夫は罪に問われない。
第197条
もし彼(夫)が二人を宮廷の門(王の法廷)へ連れて行き、「私の妻は死なせない」と言えば、妻の命を助けることができるが、その場合は愛人の命も助けなければならない。その後、彼は妻にヴェールを被せることができる。しかし、もし彼が「お前たち二人は死ぬべきだ」と言った場合、「車輪を転がす(運命に委ねる)」手続きが行われる。王は二人を処刑することも、助命することもできる。
197条は、既婚の女性が町中で襲われた場合は姦通として扱われるという内容。また198条は、その場合に夫が望めば、愛人ともども死罪に出来る、という中々厳しい内容である。
しかし、これ以外の条文としてはハンムラビ法典よりは緩い扱いで、ほとんどが賠償金によって解決され、その額も高くはないという。
聖書に出てくる禁止事項とも似ているとのことで、聖書関連の研究サイトでもやたら言及されているが、直接関係したというよりは、おそらくメソポタミアの伝統なのだろう。エジプトがちょっと特殊なだけで、西アジア全般でこの手の法律書が時代を通じて採用されていた形跡があるからだ。
話を戻すと、ヒッタイト法典には二度の改定の形跡があり、おそらく古ヒッタイト時代から500年ほど継続して使われていただろう、という。
かなり歴史ある法律なのだ。
また、自由民と奴隷で扱いが違うことや、女性は離婚の際に自分の財産を持って家を出られるが、197-198条のように、男性(夫)にだけ認められている権利というものも多く出てくるため、古代ギリシャよりは女性優遇だが、現代人目線だと平等とは言い難い内容になっている。
近親相姦、獣姦の禁止が条文として書かれているらしく、ということは、わざわざ禁止しないとやらかす奴がいたんだな…? という感じ。
古代エジプトだと「未成年は抱くな」という神による禁止事項が死者の書に出てくるが、逆にそれが無いのが気になるところ。
この法典に出てくる内容は、ヒッタイトの道徳観を示すものでもある。
「これをやったら罰則な」と書かれているものは、やっていけないことであり、同時に、実際にやる奴がそれなりの頻度で出ていた事柄のはずである。誰もやらないことは禁止事項としてわざわざ書かれないのだから。
*****
なお、エジプトには成文法はないと書いたが、死者の書に、死後の審判で神々に対して「私はxxをやっていません」と証言するための章が存在する。
ただ、これは法律とは言い難く、「私は強欲であったことはありません」のように、かなりアバウトな証言となっている。
実際の内容は以下↓
http://www.moonover.jp/bekkan/sisya/index-125-3.htm
バージョンによっても、かなりの差異があり、これを法典に該当するものと言うことは出来ないのだが、ここに書かれている禁止事項が古代エジプト人にとってのタブーと見なせる。
この内容からしても、ヒッタイトとエジプトはだいぶ道徳観違いそうだな、という感想。
きっちり法律で決めず、行商人がロバ盗まれたら土地の有力者が自分好みにお裁きしちゃうのが古代エジプトだからね…。(「雄弁な農夫の物語」より)
で、ヒッタイトはどうかというと、実はハンムラビ法典によく似た形式の、おそらく同系統(参考にして作った)と思われる法律書が存在している。
日本語で検索すると、あんまいい情報が出てこないので、自分でまとめておくことにする。
まず、名称として「ヒッタイト法典」「ネシャ法典」が出てくるが、両者は同じものを指している。ネシャというのはヒッタイト人の古都であるカネシュに由来する言葉で、ヒッタイト語のことも実際にはネシャ語と呼ばれていた。その「ネシャ」である。
ネシャ法典は、英語資料だとNesilim、またはネシリム法典と書かれていることも多い。
ヒッタイトの首都ハットゥシャから出土した粘土板に記載されていたものがソースなのだが、古ヒッタイト語から帝国時代のヒッタイト語まで古さがまちまちで、何度も書き写されていた形跡があるという。
商売に関する内容が多いことからしても、ヒッタイト黎明期にアッシリア商人が持ち込んだメソポタミアの法が元になっているのではないかと思う。
内容の内訳は以下。
https://www.linkedin.com/pulse/hittite-laws-lord-edwin-e-hitti
https://en.wikipedia.org/wiki/Hittite_laws
身体傷害と暴行(第1〜24条): 喧嘩、殺人、傷害など
婚姻・家族関係(第26〜38条): 結婚、離婚、結納金など
義務と労役(第39〜56条): 国家への義務(TUKUL)、財産の扱いなど
侵害と窃盗(第57〜144条): 家畜や土地の盗難など
契約と価格(第145〜161条): 商取引のルール
宗教・聖なる事象(第162〜173条): 儀礼違反、呪術(黒魔術)について
契約と関税(第176〜186条): 労働賃金や物品の公定価格
不適切な性的関係(第187〜200条): 近親相姦、獣姦、特定の性犯罪について
形式はハンムラビ法典と同じで、「もし人がxxをしたならば、xxせよ」となっている。
第197条
男が山中で女を捕らえた(そして強姦した)場合、その男は有罪とされ死刑に処されるが、もし家の中で捕らえたならば、女が有罪とされ死刑に処される。もし女の夫が二人を(現場で)捕らえ、殺害したとしても、夫は罪に問われない。
第197条
もし彼(夫)が二人を宮廷の門(王の法廷)へ連れて行き、「私の妻は死なせない」と言えば、妻の命を助けることができるが、その場合は愛人の命も助けなければならない。その後、彼は妻にヴェールを被せることができる。しかし、もし彼が「お前たち二人は死ぬべきだ」と言った場合、「車輪を転がす(運命に委ねる)」手続きが行われる。王は二人を処刑することも、助命することもできる。
197条は、既婚の女性が町中で襲われた場合は姦通として扱われるという内容。また198条は、その場合に夫が望めば、愛人ともども死罪に出来る、という中々厳しい内容である。
しかし、これ以外の条文としてはハンムラビ法典よりは緩い扱いで、ほとんどが賠償金によって解決され、その額も高くはないという。
聖書に出てくる禁止事項とも似ているとのことで、聖書関連の研究サイトでもやたら言及されているが、直接関係したというよりは、おそらくメソポタミアの伝統なのだろう。エジプトがちょっと特殊なだけで、西アジア全般でこの手の法律書が時代を通じて採用されていた形跡があるからだ。
話を戻すと、ヒッタイト法典には二度の改定の形跡があり、おそらく古ヒッタイト時代から500年ほど継続して使われていただろう、という。
かなり歴史ある法律なのだ。
また、自由民と奴隷で扱いが違うことや、女性は離婚の際に自分の財産を持って家を出られるが、197-198条のように、男性(夫)にだけ認められている権利というものも多く出てくるため、古代ギリシャよりは女性優遇だが、現代人目線だと平等とは言い難い内容になっている。
近親相姦、獣姦の禁止が条文として書かれているらしく、ということは、わざわざ禁止しないとやらかす奴がいたんだな…? という感じ。
古代エジプトだと「未成年は抱くな」という神による禁止事項が死者の書に出てくるが、逆にそれが無いのが気になるところ。
この法典に出てくる内容は、ヒッタイトの道徳観を示すものでもある。
「これをやったら罰則な」と書かれているものは、やっていけないことであり、同時に、実際にやる奴がそれなりの頻度で出ていた事柄のはずである。誰もやらないことは禁止事項としてわざわざ書かれないのだから。
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なお、エジプトには成文法はないと書いたが、死者の書に、死後の審判で神々に対して「私はxxをやっていません」と証言するための章が存在する。
ただ、これは法律とは言い難く、「私は強欲であったことはありません」のように、かなりアバウトな証言となっている。
実際の内容は以下↓
http://www.moonover.jp/bekkan/sisya/index-125-3.htm
バージョンによっても、かなりの差異があり、これを法典に該当するものと言うことは出来ないのだが、ここに書かれている禁止事項が古代エジプト人にとってのタブーと見なせる。
この内容からしても、ヒッタイトとエジプトはだいぶ道徳観違いそうだな、という感想。
きっちり法律で決めず、行商人がロバ盗まれたら土地の有力者が自分好みにお裁きしちゃうのが古代エジプトだからね…。(「雄弁な農夫の物語」より)