古代エジプトは「砂漠の国」だが住民は「砂漠の民」ではない。砂漠部分に人は住んでいないよという話
図書館で適当に掘り出してきた古い本を読んでいたら、「一神教は砂漠で生まれる」という一昔前の古い説が出てきていた。
その中で、最初の一神教であるアテン信仰は砂漠の国エジプトで生まれた…と書かれていたのだが、まずここからして違う。
エジプトは国土の9割が砂漠の国だが、古代も現代も、人が住むのは川沿い部分だけである。地図で見て緑色の部分だけが本来の国土。
古代には「神々の守護を離れた、人の住むべきではない土地」と見なしており、通行はするけど国土という扱いではないのだ。オアシスにも居住地はあったが、人口は相当少なく、流刑先として使われることもある特殊な環境だ。

そしてナイル川沿いは普通に耕作が出来るので、エジプト人は古代からずっと農耕定住民の暮らしをしている。
本当の砂漠の国というのは、砂漠に人が住んでいるような国のことを指す。砂漠では農耕は出来ず、少ない水を使って遊牧をするなど厳しい環境での暮らしを求められるが、エジプトの住民にそのような暮らしの概念はない。
エジプトは、ナイル川頼りとはいえ、豊かな水と緑に恵まれた環境で暮らしてきた国であり、アテン信仰と砂漠を結びつける要素は思いつかない。
「周囲に砂漠が多い」ことと「住民が砂漠の民である」ことは違うのだ。
そして、イスラム教の神アッラーも、起源は緑のある南アラビアであり、砂漠ではない。
南アラビアは、古くは乳香やコーヒーの交易で栄えた土地であり、特にイエメンのハドラマウト地方やアデン周辺は、山があるので雨が降る。紅海沿岸部は地図で見てもそれなりに緑のある豊かな土地で、交易のために砂漠を越えて遠距離移動することはあっても、住民たちは基本的に「豊かな緑地の民」。

この地域ではもともと部族ごとに信仰する神がおり、アッラーはその中から頭角を現した一柱なので、砂漠の民の宗教ではないし、一神教成立の経緯も砂漠には関係ない。
砂漠の一神教の神というのなら、ギリでユダヤ教・キリスト教の元になったヤハウェ神くらいではないだろうか。
これも砂漠というより荒野に近いが、降水量の少ない地域で遊牧生活をしていた人々の神、という意味なら当てはまる。ただし、これも一神教になる以前には多くの外来の神々と平行して信仰していたようで、バビロン捕囚の時代に選択的に一神教になった形跡がある。
(このあたりを参照)
まあぶっちゃけ、エジプトのアテン信仰を、ユダヤ教・キリスト教と同じ一神教にカテゴライズして論じること自体に無理がある。
一神教というアイデアまでは出したのかもしれないが、それを昇華することなく、企画倒れで終わってる感じなので。
そしてエジプトは砂漠の国だけど砂漠に人は住んでないし、アラビア半島はぜんぶ砂漠ではなく南アラビアは古代世界有数の豊かな土地。
「一神教は砂漠で生まれる」というあの昔の本によく出てくる勘違いフレーズは、一体どこから来たんだろうなという謎は残る。
その中で、最初の一神教であるアテン信仰は砂漠の国エジプトで生まれた…と書かれていたのだが、まずここからして違う。
エジプトは国土の9割が砂漠の国だが、古代も現代も、人が住むのは川沿い部分だけである。地図で見て緑色の部分だけが本来の国土。
古代には「神々の守護を離れた、人の住むべきではない土地」と見なしており、通行はするけど国土という扱いではないのだ。オアシスにも居住地はあったが、人口は相当少なく、流刑先として使われることもある特殊な環境だ。
そしてナイル川沿いは普通に耕作が出来るので、エジプト人は古代からずっと農耕定住民の暮らしをしている。
本当の砂漠の国というのは、砂漠に人が住んでいるような国のことを指す。砂漠では農耕は出来ず、少ない水を使って遊牧をするなど厳しい環境での暮らしを求められるが、エジプトの住民にそのような暮らしの概念はない。
エジプトは、ナイル川頼りとはいえ、豊かな水と緑に恵まれた環境で暮らしてきた国であり、アテン信仰と砂漠を結びつける要素は思いつかない。
「周囲に砂漠が多い」ことと「住民が砂漠の民である」ことは違うのだ。
そして、イスラム教の神アッラーも、起源は緑のある南アラビアであり、砂漠ではない。
南アラビアは、古くは乳香やコーヒーの交易で栄えた土地であり、特にイエメンのハドラマウト地方やアデン周辺は、山があるので雨が降る。紅海沿岸部は地図で見てもそれなりに緑のある豊かな土地で、交易のために砂漠を越えて遠距離移動することはあっても、住民たちは基本的に「豊かな緑地の民」。
この地域ではもともと部族ごとに信仰する神がおり、アッラーはその中から頭角を現した一柱なので、砂漠の民の宗教ではないし、一神教成立の経緯も砂漠には関係ない。
砂漠の一神教の神というのなら、ギリでユダヤ教・キリスト教の元になったヤハウェ神くらいではないだろうか。
これも砂漠というより荒野に近いが、降水量の少ない地域で遊牧生活をしていた人々の神、という意味なら当てはまる。ただし、これも一神教になる以前には多くの外来の神々と平行して信仰していたようで、バビロン捕囚の時代に選択的に一神教になった形跡がある。
(このあたりを参照)
まあぶっちゃけ、エジプトのアテン信仰を、ユダヤ教・キリスト教と同じ一神教にカテゴライズして論じること自体に無理がある。
一神教というアイデアまでは出したのかもしれないが、それを昇華することなく、企画倒れで終わってる感じなので。
そしてエジプトは砂漠の国だけど砂漠に人は住んでないし、アラビア半島はぜんぶ砂漠ではなく南アラビアは古代世界有数の豊かな土地。
「一神教は砂漠で生まれる」というあの昔の本によく出てくる勘違いフレーズは、一体どこから来たんだろうなという謎は残る。