トルコ南東部ギョベクリ・テペの遺跡から見つかっている大量の謎の人骨、本来の埋葬場所から流出した? 地震の影響もあるのでは…。
トルコ南東部にある、1万年以上前に作られたギョベックリ・テペの遺跡は、先土器新石器時代(PPN)に作られているにも関わらず、がっつり記念碑的なものを作り、神殿のような構造を備えていることで知られている。
遺跡好きなら写真を見たこともあるかと思う。T字型の石碑のような構造物が特徴的な遺跡で、ここに近い同時代の遺跡にもこの形の石碑が立っているため、何か宗教的な意味があったものと考えられる。

かつては、ギョベックリ・テペには集落などは伴わず、宗教遺跡のみだとされていたが、その後の周辺地域の調査で、丘の上にあるこの特徴的な遺跡の周囲には集落があったことが見えてきた。
また、時期的にまだ農耕が開始されていないか、開始された直後くらいの時代の遺跡のため、かつて考えられていた農耕開始→定住→大規模遺跡の出現という順番が必ずしも守られるわけではない、というのも、この遺跡から分かっていることだ。
そのギョベックリ・テペ遺跡なのだが、以前から謎とされていることがあった。発掘していく中で、遺跡のあちこちからバラバラになった骨の破片が出てきているのだ。そこに埋められたものではなく、何かの手順に従って改葬されたわけでもない。また、死んでから骨だけ移動されたように見えるため、なんでこんな骨が散乱することになったん…? というのが分からなかった。
約1000個のバラバラな人骨が遺跡全体に散らばっていたことから、遺跡全体を特殊な埋葬施設とみなす説もあったのだが、どうも法則性が見られない。
というわけで、今回出ていた論文では、骨はもともと斜面の上の方に埋葬されていたもので、地すべりや地面の侵食と言った自然現象によって、数千年の時をかけて本来の埋葬場所から斜面の下に押し流されていったのでは? という仮説が書かれていた。
First burials give insights into mortuary rites at Göbeklitepe, Early Neolithic Türkiye
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0358979#pone.0358979.ref016
根拠としては、
・ほとんどの骨は死後に損傷したことが分かる
・げっ歯類やカラスなどによる食害の傷があり、再埋葬とは考えにくい
・いずれの骨も熱を受けたり裂傷を受けたりした痕跡がなく、戦争や暴力の被害者とも考えにくい
・きちんとした埋葬も見つかっており、その場合は全身の骨が揃っている
といった内容。
いちど埋葬された遺体の骨を拾い集めて再埋葬する習慣が無かったとも言い切れないが、殆どの骨は本来の埋葬場所から土と一緒に流出氏たものではないか、というのだ。
そんなもん発掘の時に気づかないのか、と言われそうだが、埋葬されたのが一万年前、その数千年後に土壌ごと流出、とかだと、確かに地層的には違和感のないところに収まるため、この説でも成立する。
また、論文内には書かれていなかったが、この地域には定期的に巨大地震を引き起こす断層が通っているため、実際、「土壌ごと墓が流出しました」が有り得るのだ。
というか、つい数年前まさにその大地震がココで起きているので…。
【解説】 トルコ・シリア地震、規模は? なぜこれほどの大惨事に?
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-64550004
※図内にある「ガジアンテプ」という街はギョベックリ・テペの遺跡のすぐ近く。

なので、この地域の遺跡の地層は、定期的な地震で撹乱されてる可能性を前提として考慮したほうがいいのかもしれないね。
丘陵地帯なんで、場合によっては遺跡が出来た当時と地形が思いっきり変わってるとかもありそう。
とはいえ、これが謎の埋葬の真相だとしたら、ちょっとあっけないというか、今まで深読みしてた各種説の立場がない気もするのですが…w
遺跡好きなら写真を見たこともあるかと思う。T字型の石碑のような構造物が特徴的な遺跡で、ここに近い同時代の遺跡にもこの形の石碑が立っているため、何か宗教的な意味があったものと考えられる。
かつては、ギョベックリ・テペには集落などは伴わず、宗教遺跡のみだとされていたが、その後の周辺地域の調査で、丘の上にあるこの特徴的な遺跡の周囲には集落があったことが見えてきた。
また、時期的にまだ農耕が開始されていないか、開始された直後くらいの時代の遺跡のため、かつて考えられていた農耕開始→定住→大規模遺跡の出現という順番が必ずしも守られるわけではない、というのも、この遺跡から分かっていることだ。
そのギョベックリ・テペ遺跡なのだが、以前から謎とされていることがあった。発掘していく中で、遺跡のあちこちからバラバラになった骨の破片が出てきているのだ。そこに埋められたものではなく、何かの手順に従って改葬されたわけでもない。また、死んでから骨だけ移動されたように見えるため、なんでこんな骨が散乱することになったん…? というのが分からなかった。
約1000個のバラバラな人骨が遺跡全体に散らばっていたことから、遺跡全体を特殊な埋葬施設とみなす説もあったのだが、どうも法則性が見られない。
というわけで、今回出ていた論文では、骨はもともと斜面の上の方に埋葬されていたもので、地すべりや地面の侵食と言った自然現象によって、数千年の時をかけて本来の埋葬場所から斜面の下に押し流されていったのでは? という仮説が書かれていた。
First burials give insights into mortuary rites at Göbeklitepe, Early Neolithic Türkiye
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0358979#pone.0358979.ref016
根拠としては、
・ほとんどの骨は死後に損傷したことが分かる
・げっ歯類やカラスなどによる食害の傷があり、再埋葬とは考えにくい
・いずれの骨も熱を受けたり裂傷を受けたりした痕跡がなく、戦争や暴力の被害者とも考えにくい
・きちんとした埋葬も見つかっており、その場合は全身の骨が揃っている
といった内容。
いちど埋葬された遺体の骨を拾い集めて再埋葬する習慣が無かったとも言い切れないが、殆どの骨は本来の埋葬場所から土と一緒に流出氏たものではないか、というのだ。
そんなもん発掘の時に気づかないのか、と言われそうだが、埋葬されたのが一万年前、その数千年後に土壌ごと流出、とかだと、確かに地層的には違和感のないところに収まるため、この説でも成立する。
また、論文内には書かれていなかったが、この地域には定期的に巨大地震を引き起こす断層が通っているため、実際、「土壌ごと墓が流出しました」が有り得るのだ。
というか、つい数年前まさにその大地震がココで起きているので…。
【解説】 トルコ・シリア地震、規模は? なぜこれほどの大惨事に?
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-64550004
※図内にある「ガジアンテプ」という街はギョベックリ・テペの遺跡のすぐ近く。
なので、この地域の遺跡の地層は、定期的な地震で撹乱されてる可能性を前提として考慮したほうがいいのかもしれないね。
丘陵地帯なんで、場合によっては遺跡が出来た当時と地形が思いっきり変わってるとかもありそう。
とはいえ、これが謎の埋葬の真相だとしたら、ちょっとあっけないというか、今まで深読みしてた各種説の立場がない気もするのですが…w