ローマで信仰された謎の宗教の実体「異教のローマ ミトラス教とその時代」

少し前、エジプトで信仰されていたローマの宗教について調べていた。その一つがミトラス教/ミトラス秘儀。 これはエジプトでは痕跡こそあるものの、あまり流行っていた形跡がないため、おそらく一部の人だけの宗教で終わったのだろうと思われる。 エジプトに上陸したミトラス秘儀の痕跡についての覚書き https://55096962.sees…

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ディズニー映画「白雪姫(実写)」爆死から考える「新しい白雪姫像」とは。

ディズニー映画の実写版白雪姫が、とんでもない悪評で早々に打ち切られてしまった。ディズニー好きの友達ですら「二回見るのはムリ」って言ってたくらいなので、相当評判が悪かったのだろうなと思う。 原因はおそらく、改変した内容が「ディズニー」ブランドに相応しくなかったことと、純粋に映画としての完成度が低かったことにある。川を渡ったあとに出て…

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古代のケルト人に統一文化はあったのか。「古代ケルト人の紛争解決と集会」という小論についてのツッコミ

「ケルト学の現在」という論文集の中で、唯一、考古学寄りの内容で書かれていたのが「古代ケルト人の紛争解決と集会」という論文だった。 が、この論文の内容が、ほんとに複数人の学者で査読してこれなのか??? と思う内容で、疑問ばかりが湧いてくるものだったので、自分の考えをまとめておこうと思う。 この論文は前段と後段の二段構えになっている…

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個々の論説は面白いが、学会史節目の論文集としては期待外れ「ケルト学の現在」

日本ケルト学会が創立50周年の記念として刊行した論文集、「ケルト学の現在」。タイトルからして最近の動向が盛り込まれてるのかなと思って読んでみたのだが、結果的に期待外れ。 というか、やりたいことに対してタイトルが合っていないなと感じた。 ケルト学の現在 - 日本ケルト学会, 梁川英俊, 森野聡子 まず最初に、自分が認識してい…

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ヨルダン、ワディ・ラムの砂漠でラメセス3世の王名見つかる。遠征隊のルートだったか?

ヨルダンの赤い砂漠、ワディ・ラム保護区で岩に刻まれたラメセス3世のカルトゥーシュが見つかったという。 場所は「泉の近くのアクセス困難な場所」としか明らかにされておらず、出てる写真一枚なのだが、岩の色とか背景からして確かにワディ・ラムっぽい。 'Royal Egyptian inscription' of Ramesses…

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アレキサンダー大王の父・フィリッポス2世の墓ではとされたヴェルギナ1号墓の被葬者、大王の父ではないと否定される

ヴェルギナ1号墓の被葬者の骨の再調査が行われ、以前流れていた「フィリッポス2世の墓で確定!」という情報が否定された。というか前回のと調査に致命的な問題があったらしいことも発覚して、なんだこりゃ状態。 元論文を読まずに適当に書く記事もそのうち出てくると思うので、そうなる前に内容をまとめておく。 元論文 New scientifi…

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おまけ アナトリア考古学博物館(アンカラ)へ行こう

ハットゥシャへの拠点となるのがトルコの首都アンカラ。 あまり見どころのない都市と言われるが、考古学ファンならここは逃せない。そう、アナトリア考古学博物館。 ここは重要な遺物が目白押しで、世界史の教科書に載ってるレベルの遺物がそこらへんにぽこぽこ置かれているので、わかるとめっちゃくちゃ時間取られる。 ただしいつもどおり説…

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街歩き② イスタンブールの美味しいバクラバ屋さんとその他のごはん事情

トルコに来たらばバクラバは食べねばならない。名物の甘いお菓子である。 日本人には甘すぎるし、ヘタなお店にいくとベッタベタに甘いだけで美味しくもなんともないのだが、美味しいお店はめちゃめちゃ美味しい。 というわけで、いろんなサイトでオススメされていたカラキョイ・ギュッルオール(Karaköy Güllüoğlu)へお茶をしにいく。…

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街歩き① トルコのインフレと政情不安について

今回のトルコ旅行では、辺境の遺跡めぐりが主体だった。 だが国際線の発着はイスタンブールが玄関口。ここは絶対に避けて通れない街である。そして、ちょうど訪問の少し前、イスタンブール市長イマモール氏が汚職容疑で逮捕されるという事件が発生した。 トルコは長らくエルドアン大統領による独裁政治が続いており、イマモール氏はその有力な対立候補だ…

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アナトリア中央部総括:ヒッタイト帝国の首都はなぜ「そこ」なのか

アナトリア中央部は水源が少なく、しばしば干ばつの影響を受ける過酷な場所だとされている。 にも関わらず、ヒッタイトは帝国の首都にハットゥシャを選択した。なんでそこが首都じゃなきゃならなかったのか。 …というのは、よく言われる命題。そして、今回の現地凸の裏テーマであった。 参考: 近年のトルコは降水量減、赤い河と干ばつについ…

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アラジャホユックへ行こう

ハットゥシャ/ボアズキョイから車で40分くらいのところにある遺跡、アラジャホユック。 ここは、正しく遺丘(トルコ語でホユック、アラビア語でテル)の形になっている、各時代の地層が積み重なっている場所。ヒッタイト帝国が築かれる以前の有力者の墓もあり、地元勢力の拠点だったと思われる場所だ。 その上にヒッタイト時代の遺跡が築かれており、入口…

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ハットゥシャ(ヒッタイトの首都)へ行こう③

さて、ここから少し考察的な内容になる。 ヒッタイトで一般的に使われた文字は二種類。メソポタミアで誕生した楔形文字と、アナトリアで独自に誕生した象形文字ルウィ語である。 これは前回のトルコ旅行で、所見では何なのかわからず、当時は日本語資料もなく、帰ってからあれこれ調べてようやく正体が判明したという経緯がある。アナトリアで独自に開発…

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ハットゥシャ(ヒッタイトの首都)へ行こう②

というわけで、ハットゥシャ(遺跡名: ボアズキョイ)本体へ行く。 まず頭に入れといてほしいのは、遺跡全体の構造である。等高線の入った図がこれ。 道は遺跡の間を縫うようにして走っており、一般的な巡回ルートは以下である。最初に、ゲートを辿りながら最高点のスフィンクス門を目指し、そこから途中の遺跡を辿りながら降りてくる。今回の…

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ハットゥシャ(ヒッタイトの首都)へ行こう①

ヒッタイトの首都・ハットゥシャだったボアズキョイ/ボアズカレ遺跡へは、トルコの首都アンカラからアクセスする。アンカラ→ハットゥシャが4時間くらい。ハットゥシャ遺跡と、近くにある聖域ヤズルカヤを急ぎ足で周って日帰りするツアーが一般的である。 が、これだと遺跡本体の滞在時間がかなり短く、せっかく行ったのに勿体ない…。 というわけでア…

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トロイ関連の遺物を見に行こう(イスタンブール考古学博物館)

トロイ遺跡からイスタンブールに引き返したら、イスタンブールの考古学博物館へGO。 この巨大な博物館、長年かけて改装中で現在ほとんどのエリアが改装中のままなのだが、トロイ遺物のある2Fエリアは改装が完了している。前回来た時は雑多な倉庫みたいになってて、窓開けて換気してたのが、なんとちゃんと説明ついてて空調もある近代的な博物館に進化してい…

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