<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0"
     xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
     xmlns:itunes="http://www.itunes.com/DTDs/Podcast-1.0.dtd">
  <channel>
    <title>現在位置を確認します。【移転後】</title>
    <link>https://55096962.seesaa.net/</link>
    <description>古代・中世、現実・異世界、魂の半分はいつも何処かを旅しています。現在の旅先からお送りします。*このブログは、下記サイトの中の人提供でお送りしています。http://www.moonover.jp/*2022/4/22 元ブログのサ終に伴い移転しました*スマホ画面での広告表示は、ブログ仕様により有料版でも消せないようです。広告が鬱陶しい人はPC版での閲覧をお願いします。</description>
    <language>ja</language>
    <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs>
    <itunes:subtitle></itunes:subtitle>
    <itunes:summary>古代・中世、現実・異世界、魂の半分はいつも何処かを旅しています。 現在の旅先からお送りします。  *このブログは、下記サイトの中の人提供でお送りしています。 http://www.moonover.jp/  *2022/4/22 元ブログのサ終に伴い移転しました *スマホ画面での広告表示は、ブログ仕様により有料版でも消せないようです。広告が鬱陶しい人はPC版での閲覧をお願いします。</itunes:summary>
    <itunes:keywords>古代エジプト,歴史,考古学,人文学,登山,読書感想文,旅行</itunes:keywords>
    
    <itunes:author>岡沢　秋</itunes:author>
    <itunes:owner>    
       <itunes:name></itunes:name>
       <itunes:email></itunes:email>
    </itunes:owner>
        <itunes:explicit>no</itunes:explicit>
        <item>
      <link>https://55096962.seesaa.net/article/521706656.html</link>
      <title>「ハロウィンの起源は古代ケルトの祭り」は俗説、どう頑張っても中世のキリスト教の祭りまでしか遡れないんだよ、という話。</title>
      <pubDate>Wed, 07 Oct 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>同じ内容は以前にも書いたのだが、あれから10年近く経ってたので再掲したい。記事タイトルのとおり、「ハロウィンの起源はケルトのサウィン祭」というのは俗説で、実は確固たる証拠はない。そして、その説が「誕生」したのは、19世紀以降のいわゆる「ケルト復興」の時代である。なぜかアイルランドの広報などでも紹介されているため確定事項のように語られることも多いが、実はどう頑張っても「もしかしたら関係あるかもしれないけど、せいぜいアイルランド・ブリテン島のローカルな祭がキリスト教の祭りに吸収さ..</description>
            <category>人文学</category>
      <author>岡沢　秋</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,55096962/521706656</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://55096962.seesaa.net/article/521701360.html</link>
      <title>エジプトのダクラ・オアシスからキリスト教国教化直前の「ピラミッド状」墓が見つかる。文化のちゃんぽん状態</title>
      <pubDate>Mon, 05 Oct 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>エジプトの西武砂漠にあるダクラ・オアシスから、ピラミッド状の墓が見つかった、というニュースが流れていた。しかも時代的にはローマ支配下にある頃で、ちょうどキリスト教がローマの国教になるあたり。碑文はギリシャ語だが死者の書が書かれるなど、ギリシャ・ローマ・エジプトの文化がごっちゃになった、なかなか面白い遺跡らしい。Roman-era pyramidal tomb unearthed at Bir Al-Shaghala in Dakhla Oasishttps://english..</description>
            <category>人文学</category>
      <author>岡沢　秋</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,55096962/521701360</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://55096962.seesaa.net/article/521687281.html</link>
      <title>古代エジプトの王は王女を外国に嫁がせない。が、ヒッタイトは嫁がせまくる。「ヒッタイト王国の条約と政略結婚」</title>
      <pubDate>Sun, 04 Oct 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>古代エジプトは、王女を決して外国に嫁がせない、という政策をとっていた国である。「決して」の部分は本当に「決して」であり、アマルナ文書では、バビロニアの王から王女を嫁がせて欲しいと依頼されたアメンヘテプ3世が、「古来よりエジプト王の娘は誰にも与えられたことがない」とバッサリ返答しているくらいだ。唯一の例外とされるのが、旧約聖書に書かれているエピソードで第21王朝の王女がソロモン王に嫁いだというエピソードだが、これはエジプト側の記録では裏付けが取れておらず、実際に嫁いだのか、嫁い..</description>
            <category>人文学</category>
      <author>岡沢　秋</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,55096962/521687281</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://55096962.seesaa.net/article/521659405.html</link>
      <title>人類はいつから履物を履くようになったのか。足の骨の形状から見る研究について</title>
      <pubDate>Sat, 03 Oct 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>雨続きなので家で出来ることするかなーと適当に集めてきた本を読んでいた時に、ふと見つけて「ん?」って思った研究。「人類はいつから履物を履くようになったのか」「いつ靴を発明したのか」について、「足の骨の形状」から4万年くらい前ではないかとしている説だ。これは、「履物で足を保護すれば足にかかる負担が減るため特定部位の骨が華奢になっていくはず」という推測から。なるほど…そういう見方もある…？人間は4万年前から靴を履いていたことが判明https://natgeo.nikkeibp.co..</description>
            <category>人文学</category>
      <author>岡沢　秋</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,55096962/521659405</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://55096962.seesaa.net/article/521658283.html</link>
      <title>トルコ南東部ギョベクリ・テペの遺跡から見つかっている大量の謎の人骨、本来の埋葬場所から流出した？　地震の影響もあるのでは…。</title>
      <pubDate>Fri, 02 Oct 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>トルコ南東部にある、1万年以上前に作られたギョベックリ・テペの遺跡は、先土器新石器時代（PPN）に作られているにも関わらず、がっつり記念碑的なものを作り、神殿のような構造を備えていることで知られている。遺跡好きなら写真を見たこともあるかと思う。T字型の石碑のような構造物が特徴的な遺跡で、ここに近い同時代の遺跡にもこの形の石碑が立っているため、何か宗教的な意味があったものと考えられる。かつては、ギョベックリ・テペには集落などは伴わず、宗教遺跡のみだとされていたが、その後の周辺地..</description>
            <category>人文学</category>
      <author>岡沢　秋</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,55096962/521658283</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://55096962.seesaa.net/article/521653949.html</link>
      <title>エジプト西方砂漠で行方不明になったペルシア軍の伝説、「消えたカンビュセスの軍団」について</title>
      <pubDate>Thu, 01 Oct 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>少し前に、アレクサンドロスが訪れたシーワ・オアシスのアメン神殿についての話を書いた。実はこのオアシスを目指した異国の王は、彼だけではない。その前に、ペルシアのカンビュセスが軍を差し向けている。ただし、カンビュセス軍のほうは目的地に到達することが出来ず、砂漠の中のどこかでこつ然と姿を消したことになっている。この伝説について、少し解説しておきたい。まず、書いてあるのはヘロドトスの「歴史」だけ。他のソースがなく、内容からしてもちょっと現実味が薄いため、ほとんどのエジプト学者は真実と..</description>
            <category>人文学</category>
      <author>岡沢　秋</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,55096962/521653949</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://55096962.seesaa.net/article/521649851.html</link>
      <title>古代エジプトは「砂漠の国」だが住民は「砂漠の民」ではない。砂漠部分に人は住んでいないよという話</title>
      <pubDate>Tue, 29 Sep 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>図書館で適当に掘り出してきた古い本を読んでいたら、「一神教は砂漠で生まれる」という一昔前の古い説が出てきていた。その中で、最初の一神教であるアテン信仰は砂漠の国エジプトで生まれた…と書かれていたのだが、まずここからして違う。エジプトは国土の9割が砂漠の国だが、古代も現代も、人が住むのは川沿い部分だけである。地図で見て緑色の部分だけが本来の国土。古代には「神々の守護を離れた、人の住むべきではない土地」と見なしており、通行はするけど国土という扱いではないのだ。オアシスにも居住地は..</description>
            <category>人文学</category>
      <author>岡沢　秋</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,55096962/521649851</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://55096962.seesaa.net/article/521644322.html</link>
      <title>ヒッタイトで運用されていた「ヒッタイト法典(ネシャ法典)」についての覚書き</title>
      <pubDate>Mon, 28 Sep 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>古代エジプトには法律書が存在せず、「成文法ではなかった」というのが定説なのだが、古代のメソポタミアには、「ハンムラビ法典」に代表される文書として固められた法律が存在する。で、ヒッタイトはどうかというと、実はハンムラビ法典によく似た形式の、おそらく同系統(参考にして作った)と思われる法律書が存在している。日本語で検索すると、あんまいい情報が出てこないので、自分でまとめておくことにする。まず、名称として「ヒッタイト法典」「ネシャ法典」が出てくるが、両者は同じものを指している。ネシ..</description>
            <category>人文学</category>
      <author>岡沢　秋</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,55096962/521644322</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://55096962.seesaa.net/article/521623116.html</link>
      <title>エジプト西部、新王国要塞跡から軍用馬の埋葬が見つかる。そしてやっぱりあるラメセス2世の名前</title>
      <pubDate>Sun, 27 Sep 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>少し前に、ラメセス2世最大の建築物は国境防衛線なんだよ、という話を書いた。新王国時代の国境砦の遺跡が出てきたら、ほぼ例外なくラメセス2世の名前を刻んだ石碑とか柱とかが出てくるのだ。今回発掘されたナイルデルタ西部のテル・エル・アブカイン(Tell Al-Abqain)の遺跡からもやっぱり出てきていた。そして、この要塞、面白いことに「軍用馬の埋葬跡」が出ているらしい。Scientists unearth complete remains of Egyptian warhorse ..</description>
            <category>人文学</category>
      <author>岡沢　秋</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,55096962/521623116</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://55096962.seesaa.net/article/521611872.html</link>
      <title>粘土板に使われている土の成分から遺跡の位置を探る。再利用不可な素材なので場所特定可能という話</title>
      <pubDate>Sat, 26 Sep 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>ネット上をウロウロしていた時に、粘土板に使われている土から、未知なる都市の位置を特定する、という方法があると知ったのでメネしておきたい。どういうことかというと、たとえばヒッタイトの都市Aの位置が分からない場合に、首都ハットゥシャの書庫に都市Aから送られた神殿の記録が保管されていたとする。確実に都市Aから送られたと分かる粘土板なら、その粘土板に使われている粘土は都市Aの近くで採れたもののはずであり、候補となる遺跡が幾つかあるのなら、それらの遺跡の粘土の成分を調べて一致する場所の..</description>
            <category>人文学</category>
      <author>岡沢　秋</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,55096962/521611872</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://55096962.seesaa.net/article/521622758.html</link>
      <title>10年前に否定された「ツタンカーメンの墓に隠し部屋が！」、まだやってた。そして墓の壁に穴開けて確かめるらしい。誰か止めろよ…</title>
      <pubDate>Thu, 24 Sep 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>ツタンカーメンの墓に隠し部屋がある、という話題が流れていて、10年も前の話また蒸し返してんの？　と思ったら、ほんとにまた蒸し返してた。奥に「隠し部屋」か　ツタンカーメン王墓で調査―エジプトhttps://www.jiji.com/jc/article?k=2026091900320&amp;g=intこの話が話題になったのは2016年。既に10年が経過しており、隠し部屋があるという説は当時、既に否定されている。この説を唱えたエジプト学者と当時の考古相が、隠し部屋があるに違いない!　と..</description>
            <category>人文学</category>
      <author>岡沢　秋</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,55096962/521622758</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://55096962.seesaa.net/article/521603180.html</link>
      <title>アレクサンドロス大王が神託を受けた「アメン神殿」、現在は2つの遺跡から成り立っている。古代に見られた風景とは</title>
      <pubDate>Wed, 23 Sep 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>アレクサンドロス大王がエジプトのアメン神殿で「神の子」という神託を受けた、というエピソードは有名で、いろんな本に出てくる。そのアメン神殿がエジプト西端のシーワ・オアシスにあったことまでは書かれているのだが、どういう神殿だったのか書いてある本はほとんどない。まあそもそも、このエピソード自体ギリシャかマケドニア関連の本に出てくるので、書いてる人はあまりエジプトに興味ないのかもしれない…。なので少しエジプト目線からの補足を入れておきたい。まず、このアメン神殿、作られたのが末期王朝時..</description>
            <category>人文学</category>
      <author>岡沢　秋</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,55096962/521603180</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://55096962.seesaa.net/article/521601207.html</link>
      <title>「ナイル川は毎年、上流から肥沃な黒い土を下流に流していた」の誤解。エジプトが栄えたのは水に含まれる栄養のお陰ではないという話</title>
      <pubDate>Tue, 22 Sep 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>「エジプトはナイルの賜物」という言葉がある。意味を取り違えて誤用されることの多い典型的なフレーズの一つである。この言葉はヘロドトスの「歴史」という本に書かれているのだが、ヘロドトスは別に、「エジプトはナイル川の恩恵のお陰でやっていけている」のような意味では書いていない。彼の旅したナイル川下流地域が、ナイル川の運んだ土によって出来ているという意味で「我々の旅しているこの地域はまさにナイルの賜物である(=川の運んだ土で出来た扇状地である)」と言っているのである。これは普通に本読め..</description>
            <category>人文学</category>
      <author>岡沢　秋</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,55096962/521601207</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://55096962.seesaa.net/article/521591102.html</link>
      <title>古代エジプト史の中でも資料の少ない「謎の時代」、第一中間期について。</title>
      <pubDate>Mon, 21 Sep 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>本によっては三行で(マジで三行で)ざっくり「よくわかんにゃい」と書かれて飛ばされることもある「第一中間期」。この時代は、ピラミッドをばんばん作っていた栄光の古王国時代が終了したあと、およそ100年ほど続いたとされる、文字通りの「中間」期である。この時代が終了すると、再び小型の王のためのピラミッドを作り始め、政権が安定する「中王国時代」へと突入する。ツタンカーメンやらハトシェプストやらラメセス2世やらの有名人が登場する「新王国時代」のエジプト文化は、ほとんどが、この「中王国時代..</description>
            <category>人文学</category>
      <author>岡沢　秋</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,55096962/521591102</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://55096962.seesaa.net/article/521570302.html</link>
      <title>オリンピックの光の側面とギリシャage(上げ)の本「古代オリンピックの起源の真意と全貌」</title>
      <pubDate>Sun, 20 Sep 2026 00:00:00 +0900</pubDate>
            <description>さすがに台風来るのに山は行けねぇ…と図書館に行き、登山本とか漁ってた時にふと見つけた本。つまりスポーツコーナーの本棚にあった本である。「なんでこんなことにあるんだ…？」と思いながら手にとったのだが、どうやらこれ、著者が考古学者や歴史学者ではない。医学博士である。なのでスポーツ医学に関する章もあったりして視点は斬新。さらに、この本は東京オリンピックにかこつけて発行されたものらしく、オリンピック関係者が紹介文を書いていたりする。学術書ではなく、スポーツ振興用のイベント本、みたいな..</description>
            <category>人文学</category>
      <author>岡沢　秋</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,55096962/521570302</guid>
                </item>
      </channel>
</rss>

